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「あと5分なら」
言ってすぐ、断れば良かったと後悔した。
別れ話も終えたのだ。これ以上話すことなど何もない。
伝票を手に取り、席から立ち上がった俺を彼女は引き留めた。
――あと5分だけ。
縋りつくような眼差しに嫌とは言えなかった。
けれども、彼女が話しかけてくる様子はない。俺の方をただじっと見ている。
視線が痛くて目を伏せた。そして下を向いたまま、こっそり腕時計に目をやる。
まだ1分も経っていない。
恐ろしく時間が経つのが遅い。
沈黙に耐えかねた俺は、自分から話し始めた。
「もうないと思うけど、もし君の物がまだ家に残ってたらどうすればいい?家に送ればいいかな?」
「わざわざ送ってもらうのも悪いから、連絡して。取りに行くから」
「ああ……うん……分かった」
それって、荷物があったらまた会うってことだよな?
余計なこと聞いてしまった――俺はまた後悔した。
そして、再び二人は黙りこんだ。
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