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まずはじめに断っておくが、篁(たかむら)いずなとはその時が初対面であった。
およそ初対面の人間に話しかける態度とは思えない口調でそしてそれが当たり前のように突然、篁いずなの話は始まった。
それをそっくりそのまま記してもかまわないのだが、彼の話はあっちへいったりこっちへいったり、彼自身と同じくらいにふらふらして不安定で、これが鉄道や山道を登るバスなんかだったらもう二、三回は横転して大惨事になっていそうな有様だったので、軌道を正してやったり先を促してやったりしながら、どうにか形をつけて私なりに理解したところを説明しようと思う。
だからこれが事実といくらか違っているとしたらそれは、私というバイアスがかかっているせいと、それから、篁いずなの話が分かりづらかったせいであり、まあつまりは全面的に篁いずなのせいである。
篁いずなとはそれが初対面であったのは前述の通りだが、幸いなことに彼は非常に分かりやすいタイプの人間であった。
一言で表すとすれば、少年。
見たところもうとっくに少年期を脱しているはずなのだが、彼の二つの丸い瞳はいまだらんらんと輝きを失わず、絶えず面白いものを探そうときょろきょろしていてまるで子猫のようだった。
それでいてかわいらしい子猫なんかではないとはっきり分かるのは、時折何かを見透かすようにすうっと目を細めた時に、何か底知れぬ冥い光がその目に宿るのだ。
この店の照明が薄暗いせいだろうかとも思ったが、一晩のうちにこう何度も見せつけられては見間違いではあるまい。
きらきらした目で一生懸命に説明する彼の、ほんの一瞬零れ落ちるようなその目つきを見るたびに、私の視線は釘付けになってしまった。
人を魅了する人間、というのがたまにいる。
篁いずなはたぶん、そういうふうに生まれついている。
期待させてから落胆させるのは申し訳ないので言っておくが、私の見たかぎり、篁いずなは決して美青年のたぐいではなかった。
人なつっこい笑顔と馴れ馴れしい語り口、男にしては高めの声はいかにも人好きはしそうだが、絶対にあれは美青年というくくりには入らない。
ギリギリ入れるとしても「かわいい男」とかそういうものだろう。
実際、彼は臆面もなく「僕」なんて一人称を遣い、自分を少しでもかわいらしく見せるようにふるまっていたように思う。
ふわっとした色彩のパーカーにシンプルなジーンズ、履き潰したスニーカーという出で立ちからもそれはよく分かる。
あの日は確かに金曜で、店の客もみなどことなく浮ついた感じはしていたが、それでも成人はとっくに迎えている篁いずなのその恰好は、多少奇妙に思えた。
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