しゃべりまくる男

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「学生さんには見えないけど?」  と訊いた私にピスタチオの殻を割り割りいずなは答えた。 「ああうん、学生じゃないよ。仕事はまあ、ぼちぼちってところかなあ」    そんな恰好で許される仕事は一体なんであろうかと私は想像の翼を広げた。 「IT関連の職場って、服装は結構自由らしいね? ほら、りんごのマークで有名な大富豪もタートルネックにジーンズしか着なかったって有名だもんね?」 「ええーっ、僕がIT!? 残ねーん! ハズレだよ、ホームズさん!」  あっはっは、と明るい笑い声を響かせていずなは片目をつぶってみせた。 「ふむ。だったら、アパレ……いや、なんでもない」  オシャレとはほど遠い、いい加減な服装から私はその考えを即座に握りつぶした。  とすると、美容師でもなかろう。  テレビ関係? トレーダー?  いやいっそ最近流行りのユーチューバーかなんかだろうか。 「ねえ、当たるまで続けるつもり? 僕はいいけど、それだけで夜が明けちゃうよ」  自信満々のいずなの様子に、私は早々に白旗を上げた。 「うん、賢い選択だ。じゃあ正解ね? 僕の仕事は不思議蒐集家。世の中の不思議なものやことや人なんかを探して集めてくるだけの簡単なお仕事だよ」  呆気にとられた私をよそに、いずなはふふふと笑ってなにやら紫色のロングカクテルを手慣れた様子で傾けた。 「それで生活成り立つの?」  きっと誰しもが持つであろう疑問を口にした私にいずなは眉毛をぐにゃっと寝かせて申し訳なさそうな口ぶりで言った。 「だからまあぼちぼち? 世の中酔狂な人間って一定数いるもんだからさ。でも僕にとっては天職だと思ってるよ。僕、退屈ってのがもう本当に大嫌いでね? なんていうのかなあ。もう天敵って言ってもいいかもしんない! 子どもの頃から周りの大人に言われてたんだ。いずな殺すにゃ刃物はいらぬ、退屈させりゃあそれでいい、って。ひどいと思わない? あ、いずなっていうの、僕の名前ね」  ここではじめて、私は彼の名前を知った。 「あれ、言ってなかったっけ。僕ね、篁いずなって言うんだ。そうそう、ひらがなで、いずなって言うの。歴とした日本男児にひらがな名なんてひどいでしょ。うちの親、そういうセンスがまるでなかったみたい。一応長男なんだけどね。しょうがないよ、つけられちゃったもんはもう諦めるしかない。それにまあ、そんなに嫌ってないからね、この名前。他人とかぶらないし割とすぐに覚えてもらえる。こうして大人になってからもみんなからいずなちゃんいずなちゃんって、僕、結構人気者でさ」  はあ、と私は頷いて手元の酒を口にした。  いずなの話はなんだかつかみ所がなかったが、不快感はないし語り口が独特で流れるように耳に入ってくるので酒の肴にはぴったりだと思った。  こういうのを立て板に水、というのかもしれない。  人気者というのも彼の口から聞くとなぜかそういうもんかと受け入れられる気がした。
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