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「お嬢さーん、落としましたよ!」
いずなの朗らかな声に反射的に足を止め、少女はきょろきょろと周囲を見回した。
「そう、君、きみ。そこのかわいいロングヘアの君だよ」
「か、かわいいって……」
ちょっと困惑したように首を傾げて、それから彼女は振り返って声をかけてきたいずなを見つけた。いずなの指先には銀色のキラキラ光るチェーンがぶら下がっているのが見えた。
「ああよかった、止まってくれて! これ、今君落とさなかった?」
そう言われて少女は慌てて胸元に手を伸ばす。
小さなオープンハートに軽く指先で触れて、ほっとした声で答えた。
「違います。わたしのはほら、ちゃんとここに」
「あれ? ほんとだ。君のじゃなかったか。じゃあ、誰のだろ、これ」
少し笑って困ったように肩をすくめたいずながなんだか妙にかわいらしく見えて、少女はぷっと吹き出してしまった。
「おいおい笑うなよー」
「ああごめんなさい、なんか、つい……ほっとしちゃって」
「ほっと?」
そう聞き返したいずなに、少女は引き出されるように答える。
「あ、あのわたし実は昨日東京に出てきたばっかりで。人多いし、なんか怖いし、右も左も分からなくって泣きそうだったんです。だからなんか、お兄さんみたいなひとに出会えてほっとしたっていうか……」
「え。ほんとに? そりゃあ光栄だなあ。じゃあせっかくだからこれ、君にあげるよ。上京のお祝いとお近づきのしるしに」
どこか調子のいい言葉を口に、いずなは少女の背後にごく自然に回り込んだ。
「ちょ……えっ? でもそれ、わたしのじゃないし。っていうか、拾ったってさっき……?」
慌てた様子の少女にいずなはしれっとした口調で答えた。
「ああ、あれ? 嘘も方便って知らない? かわいい女の子に声かけるきっかけが欲しかっただけ。僕が用意したものだから気にしないで」
「えっ。ちょっと、やだ、あなたナンパ師っ?」
目を見開いて口元に手を当てた少女のTシャツの肩をぽんと叩いて、いずなは眉毛を器用にハの字にしてみせた。
「うわあ心外だなあ。僕、いま若干傷ついたからね? 君があんまりかわいくてどうしても声かけたかったんだけどなあ」
「……っ、そ、そんなこと言って。調子いいんだから!」
ぽっと頬を赤らめた少女に、いずなはつい口からこぼれ落ちたというように「かわいいなあ、もう」なんて言って目を細めた。
「まあいいじゃない、きっかけなんてなんだって。だってほら、見てごらんよ。それ、すごく君に似合ってる」
そう指摘されてはじめて、少女は胸元にキラキラ光る透明な輝きに目を丸くした。
「え……これってもしかして、ダイヤモンドとかじゃ……」
「ああいいのいいの。嘘をついたお詫びだから。受け取ってくれないかな。こいつだってきっと、君みたいなかわいい女の子につけてもらえて喜んでるよ」
真ん中で光る透明な粒を長い指先でぴっと示し、いずなは片目をつむって見せた。
「昨日出て来たんじゃあ知らないかもしれないけれど、東京ってこういうとこなんだ。女の子がかわいいってそれだけのことで、知らない男からプレゼントが貰えるようなトコ。いい奴ばかりじゃないけど、悪いとこでもないでしょう? 特に君みたいなかわいい子にとっては天国にいちばん近い場所だよ!」
その大げさな口ぶりについつい笑って、少女はまぶしそうにいずなを見上げた。
「ありがとう。お兄さんって、いいひとね!」
素朴という言葉がぴったりな、垢抜けないその笑顔にいずなはちょっと目を逸らして、それからまた軽く肩をすくめてみせた。
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