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いずなは腕を伸ばして卓上のシュガーを一本引き抜いて、酸っぱいコーヒーにざらざらとそれを流し込んだ。
「でもなんでまたアイドルになんてなりたいの? 僕、アイドル志望の女の子って会ったことないから想像もつかないんだけど」
待ってました! と言わんばかりに鼻の穴を膨らませて、女の子は身を乗り出して声をひそめた。
「ここだけの話なんですけどね、わたし、壮大な計画があるんですよ。アイドルになるのはその第一歩なんです」
「壮大な計画?」
きらり、といずなの目が輝いた。
「はい。実はわたし、ひとを探していまして……」
女の子は傍らに置いたリュックの中からなにやら妙なものを取り出した。
「これ、見たことありませんか?」
それは小さな木箱のようであった。
「なにそれ。触っても?」
一応了解を得てから、いずなはその箱に手を伸ばした。
説明するならば、木製の立方体。一辺は十センチないくらいで、いずなの手のひらの上で持てあますくらいの大きさがあったが、重量は軽く、ポケットに適当に突っ込まれたスマートフォンの方がだいぶ重たいくらいだった。
軽く揺するとカラカラと音がして、どうやら中に何かが入っているらしい。
いずなはその箱を六面全部つぶさに調べ、釘だの蝶番が使われていないことを確認した。
「これなあに? どこからどうやって開けるの?」
「わかりません。ただ、わたしの故郷ではイツツ箱と呼ぶものらしいんですが」
「イツツ箱? へええ。なにそれ、聞いたことないなあ」
「そうですか……」
少しがっかりしたような顔で言う女の子とは対照的に、いずなは興味津々だった。
「そういえば君の故郷ってどこなの? この箱どうしたの? さっき、探し人がどうのって言ったけど何か関係ある? アイドル計画がどうのって言うのは一体どういうことなの? っていうかこの箱の中身ってなんなの? ああそういえば君の名前も聞いてなかった!」
イツツ箱を握りしめたまま、矢継ぎ早に質問を繰り出すいずなに女の子は困ったようにこう言った。
「ちょっと、そんな急にいっぱい言われても困ります。質問はひとつずつ、順番にお願いします」
いずなはぷっと吹き出して、子どもみたいにきらきらした目で女の子を見つめ返した。
「君、意外とアイドルむいてるかもしれないね!」
「えっ、そうですかあ? お兄さんがそう言うんなら、がんばってみちゃおうっと」
まんざらでもなさそうにはにかむ女の子の笑顔には目もくれず、いずなはイツツ箱をひっくり返したり揺らしたり、忙しそうに観察を続けた。
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