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「つか荒木、お前メシ食わないの?」
「家出る前いっぱい食ってきちゃったから、いらね」
「……ふうん」
岸田が定食に箸をつける。今日の定食はコロッケと豚の串かつ。コロッケに箸をいれるや否や、ぼろぼろこぼれてくる熱されたジャガイモ。
「毎回こうやって柿崎に律儀にメシおごるわ、ノートはコピーしないでちゃんと書き写すわ。お前講義はサボるけど変に真面目なとこあるよな」
ほんとだよ。
おかしくて思わずふっと笑うと、ノートをとっていた荒木が顔をあげた。ばつが悪そうにあたしを見る。
「何を笑う」
「いや別に」
ほんとにおかしい。
くくくと笑い続けていると、横に人の気配を感じた。
笑みから一転。頬がこわばってしまう。
ショートヘアの女の子。秋らしいうす茶色のストールを首に巻きつけている彼女は、笹井さんという。
親しくはないけれど話では聞いている。高校の時に付き合い始めて、大学に入ってから別れたという荒木の、元彼女。整った顔をしていて、雰囲気が、なんというかノーブル。
「淳。悪いんだけど、いい?」
笹井さんの声をこんなに間近で聞くのははじめてかも知れない。案外と低い声。
そうか。荒木のことを淳と下の名前で呼ぶのか。さすが元カノ。
「部活のことで、ちょっと話あるんだけど」
「あー、部活? いいよわかった」
荒木がぱたんとノートを閉じた。あたしの水色のノートも。
「じゃ、ちょっと俺これと行くわ」
笹井さんを「これ」呼ばわりして荒木が立ち上がる。自分のショルダーバッグも無造作に携えて。
「あ、柿崎」
去り際、荒木があたしに告げてきた。
ノート借りとくわ。
あ、いいよ。と了解した時、笹井さんと目が合った。きりっとした、きれいな一重の目と。
笹井さんはあたしたちに頭をさげ、荒木のあとをついていく。チェックのシャツのあとを。
元はつきあっていたふたり。だからなのか荒木と笹井さんが並ぶ様は自然だ。長年連れそった夫婦――とまではいかないけれど、しっくりくる。
それがもどかしくて、はがゆい。
境界線で隔てられ、行けず動けず置き去りにされたみたいな気持ちになる。
テーブルから離れていくふたりの姿を、あたしはあまり見ないようにした。
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