1人が本棚に入れています
本棚に追加
甘い香り
甘い香りがした。
過度な森林伐採の影響で木材資源の枯渇したその国では、森林の再生が叶うまであらゆる植物、樹木の採集、伐採は禁じられていた。
マールはそこに目を付けた一人である。禁じれらたもの、制限されたものを好む金持ちは多い。マールは植物の密売で荒稼ぎしていた。
始めのうちは、今は規制されているがかつては木材資源の主力であった樹木などを持参すれば金になった。しかし段々と目の肥えてきた金持ちたちはマールに見たことのない植物の採集を望んだ。
新種の植物採集となると未開のジャングルに行かねばならない。危険は伴うが成功すれば得られる報酬は莫大なものとなる。そしてやってきたのが、このジャングルである。
周りは見たこともないほど大きな樹木や植物が鬱蒼と茂り、艶やかな色の花々が咲き乱れていた。
人の手が入らないその場所は野生動物が跋扈しているともっぱらの噂であったが予想に反して野生動物に遭遇することはなかった。気が付くと甘い香りに誘われて一本の大きな樹木の前まで来ていた。一際、芳香を放つその樹には色鮮やかな羽の蝶々や羽虫が樹液を求めて群がっていた。
試しに枝を切ってみると、切った先から新しい枝がすぐに再生し、マールは目を見張った。
(こんな植物は初めてだ。再生医療の鍵を握るとか適当なことを言って枝を切って見せれば、学者たちは目の色を変えて食いつくだろう。)
マールは思わぬ掘り出しものにホクホクしながら、その枝を採集した。しかし切った枝の方からは枝が再生しなかった。がっかりしたのも束の間、よくよく見ると、木にはリンゴのような赤い実がなっており、それもまた芳しい匂いを放っていた。齧ると甘酸っぱく、いくつかの種子も確認できた。
(これを持ち帰れば、種からこの木を育てられるだろう。)
マールはこれからの生活を考え、笑みが止まらなかった。果実から得られた種子を暇を持て余した金持ちや学者どもに売れば、当分は遊んで暮らせるのだから。
手に入れた果実を手に、帰途についたマールは浮かれていたため、木の樹液にあれほど群がっていた虫たちがもはや一匹も飛んでいないことに気が付かなかった。
甘い香りで生き物を惹きつけ、その養分を吸い取って自身の再生エネルギーを手に入れる。そんな新種の食虫植物の遅効性の毒が発現するまで、あと5分…。
最初のコメントを投稿しよう!