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もう何分、このバスはこのレーンに並んでいるだろう。もう何回、このバスの乗客はあの信号が変わるのをながめているだろう。
右折レーンは少しずつしか進まない。対向車線の直進車が多くて、右折矢印が出るほんの数十秒しか動けないから。
それはわかってる。わかってるけど、いい加減時間かかりすぎだろう。
「お客さん、それ以上前に来ないでくださいよ」
運転手に注意されてハッとした。後部座席で「次降ります」のチャイムを鳴らしたあと、すぐに下車できるよう立ち上がって降車口がある前のほうに進んだ。そして進みすぎて、運賃箱の真横まできていた。
「すみません、バイトに遅れそうで」
言い訳しつつ、ぼくは一歩あとずさった。
運転手はうんうんとうなづいた。
また信号が変わる。青から黄色、赤、そして右折矢印。
バスの前には二台の車。すぐ前がピンクの軽、その前がグレーのコンパクトカー。
グレーは矢印が灯ったのを待ちかねたように急いで曲がって行った。次のピンクは、なぜか小刻みにブレーキランプを点滅させわずかずつしか進まない。バスはその後ろを、車間距離を保ちながら進む。
えー、早く行ってよ、ピンク早くー。
念が通じたのか、ピンクはべったりとアクセルを踏み込んだような進み方をした。
よっしゃ、バスの番だ。とその瞬間、矢印が消えた。まさかもう一度信号待ち? と思いがよぎったのと同じくらいのタイミングで、バスが前進した。
「お♪」
思わず声が出た。さっき運転手さんは、ぼくの事情を察して「まかせろ」と伝えるつもりでうなづいたのかもしれないと思った。
曲がりきったらバス停はもう近い。カードをかざして降車し、飛び降りて走る。
走れば絶対間に合う。店長に見つからなければ、着替える前にタイムカードを打刻できる。
息を切らして通用口のドアを押した。思わぬ反発。勢いよく押したせいで、突き指ならぬ突き手首しそうだった。
取っ手をガタガタやってもドアは開かない。中からの反応もない。
「何で鍵がかかってるんだよ」
まずい、下手したら遅刻扱いだ。
急いで店の表に回る。
ドアガラスに見慣れない札がかかっていた。
"Back in 5 minutes" (5分で戻ります。)
「あと5分余裕があったのかよ…」
ぼくはドアマットに膝をついた。
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