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水族館は何年振りだろう。
大学の時、サークルの友人と来て以来だ。
母が早くに亡くなり、父は忙しく祖父母に育てられた私は、幼い頃何処かに遊びに連れて行ってもらった覚えが、ほとんど無い。
家の目の前に○○池公園があり、移りゆく季節の花々を堪能でき、ボートの乗船以外は無料なので、芝生の広場で遊びたい放題だったのも原因だ。
手を繋がれ、電車に乗って行く。
それだけでドキドキする。
普段はお互い店の制服で、白を基調の没個性だが、7才年下の真一と私服をあえて似た様なテイストにすると、悲しいかな年齢差が見た目で分かる。
しかし最近、真一は疲れた表情をする事が多いので、実際の年より老けて見える。
私は取り立てて美人ではないが、目鼻立ちがハッキリしているし、素肌のお手入れは欠かさないので、釣り合いが取れてる感じか。
今日の彼は以前私が誕生日に贈ったお洒落なシャツに、細身のパンツ、普段は履かない革靴という格好。
私は前身頃にボタンが連なってるワンピースにベルトでアクセントをつけた。
傍目には、初々しい2人に見えるだろう。
何故なら仕事を離れたデートらしいデートは、久し振りで私がギクシャクしてるから。
何を話して良いのか分からない。
寝起きを同じ部屋でしているが、お互い熟睡したい為布団は別だ。
近頃の会話も、業務連絡か双子達の最近の様子等、自分たちの事ではない。
だから水族館で良かった。
今、何を話して良いか分からないから無難に
「可愛い~」
と水槽に近づいて観賞してれば良いのだから。
実際、カクレクマノミはダントツの可愛さだ。
薄暗い館内で必ず私の背後か隣にいる真一。
土曜日の午後の水族館は、それなりの混み様で、真一は私とはぐれない様必ず手を繋ぐか、腰に手を置きエスコートしてくれてる。
優しい。
「あっちの大型の水槽がウリみたいだよ」
事前に調べてくれたのだろうか、相変わらずマメだ。
「わあ!」
広い空間に出たと思ったら、目の前一杯のブルー。
沢山の回遊魚が泳いでる。釘付けになって立ちつくす人が数多くいる。
私もその1人だ。
水槽を食い入る様に見上げてたら、後ろにふらついた。
「大丈夫?」
そんなバランスを崩した私の背後で支えてくれる真一。
耳元で囁かれた声に、
その逞しいガタイから立ちのぼる男の匂いに、
クラクラする。
完璧、欲求不満だ。
「…平気」
声が掠れる。
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