闇夜≪朔≫

7/7
前へ
/37ページ
次へ
スーツケースの取っ手を引き出し、玄関に移動しようとする私の手首を真一が掴む。 「絢香達が心配するから…」 堰き止めてた怒りが爆発した。 「だから何?貴方の家族なんだから貴方が説明すれば!」 泣くもんか。 真一の前では絶対。 立ちつくす真一とは反対に、渉君は玄関まで追いかけてきた。 靴を履いてる私に、 「曜子さん!僕はあなたを愛してる!」 今そんな台詞は聞きたくない。 身体を重ねただけで、心まで繋がったと思ってるなんて…まるで、少し前の自分を見ている様。 あまりに哀れで、泣けてくる。 振り返ると、渉の強烈な視線とかち合う。 「今は信じられないだろうし、無理だけど、後で必ず迎えに行く!」 馬鹿みたい。 一回り近く離れてる若い男の何を信じろというのか。 家を出る時、振り返って庭を見た。 もう、見ることも無いかも知れない。 先程のスコールで芙蓉の花が、いくつか散っている。 庭の芝に落ちた、その女の寝姿みたいなしどけない花姿に、自分を重ねた。 この家で迎える凶事。 それはいつも、いきなりやってくる。 父の時もそうだった。 私にとって家庭の象徴だった家。 家族が愛した庭。 そして、家族になるかもしれなかった人達。 さようなら、その全て。 今日それらを捨て、私は一人になる。 (完)
/37ページ

最初のコメントを投稿しよう!

60人が本棚に入れています
本棚に追加