潮汐力

2/9
前へ
/37ページ
次へ
多言語を学ぶのは、他文化を知る事だ。 それを生徒に教え、様々な可能性を示唆出来る。 今では翻訳アプリもあるが、相手の目を見てカタコトでも相手の母国語で伝えた時の喜びは、何とも言えない。 相手を理解したいと思う気持ちが、相手に伝わる。 お互いが繋がる感じ。 「…正直、簡単に決断出来た訳じゃないわ」 お皿を拭きながら、静かに話す。 渉君はカップに口をつけ、虚空を睨み付ける様に 「曜子さんは、真兄に甘すぎる。 曜子さんは自分の夢を犠牲にして、兄の夢を成り立たせて、幸せ?」 寡黙な渉君にしては、珍しく真一を非難する。 「喜びを見いだす方法は、時と共に変わるから…」 夢の為に身体を壊しては、元も子もない。 「…そう、曜子さんが納得した選択肢なら反対しない。でも兄の為、僕らの為に仕方なくは止めて」 渉君はご馳走様と言い残し、2階に上がって行った。 手を休め、台所の窓際にあるハーブの鉢を見る。 「幸せ?」 そう聞かれて、即答出来ない。 余りにも真一が多忙過ぎる。 調理してない時も、店に出す献立を考えている。 今、真一の中で優先順位が高いのは店だ。 弟達に手がかからなくなった分、情熱を注いでる。手応えがある分、更にハマる。 私は? 私は彼の中で何位? 最近、手も繋いでない。 一緒に台所に立った時、真一が悪戯な表情で甘いキスをする事もなくなった。 この時間、早朝の仕込みに備えて彼は就寝準備中。 私や弟妹達とゆっくり話す機会は、定休日だけ。 庭カフェオープン前に行った、温泉旅行みたいな企画を立ててくれる気配はない。 休みの前夜や定休日に二人で、巷で噂になってる人気料理店に行く事はある。 勿論リサーチの為。 私は以前の様に、美味しい物を食べて元気になれない。 真一の頭の中が、この料理で一杯になると思うと、目の前の皿に涙が落ちそうになる。 それ位、真一に飢えていた。
/37ページ

最初のコメントを投稿しよう!

60人が本棚に入れています
本棚に追加