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世界から桜が消えた日
東洋のある国においてはサクラは、関心の対象として特別な地位を占める花である。
花といえばサクラ、国の情景をよく表す代名詞として艶やかに咲き誇るのがその国のサクラであった。
狭き国でサクラは不動の地位につき、開花とともに人々と春の喜びを舞った。
夏は緑を慈しみ、木陰で涼む。
秋は鮮やかな紅葉に目を癒し、微笑みあう。
冬は幹に藁を巻いて春を待っていた。
そしてまた春を迎えてやさしい薄紅色をした花が咲き誇る。
この先もサクラは愛され続け、国を彩り続けるであろう。
そう思われていた。
花の栄光を極めていたサクラが、悪の華として堕とされるのはあっという間であった。
西暦2XXX年、春。
かつて東洋の島国と呼ばれた国は戦争により、焼け野原となり、地獄絵図のような光景を世界に広めたいまは亡き国家とされていた。
身体は黒く焼け、皮膚は爛れ、ガラス破片が身体中に突き刺さり、熱さに水を求めては腹ばかりをふくらませていった。
生き残ったものはほとんどいなかった。
死の国となったその大地に再び花が開くことはなかった。
わずかな生き残りは戦勝国の奴隷となり、世界に散らばっていった。
かつて国から愛され、国花とも象徴されたサクラは、もういない。
やがてサクラは悪の華として象徴されるようになり、民に数千年にも渡り愛された花の栄光は、見るも無惨に焼け消えた。
ただ一本。たった一本のサクラだけが生き残り、それは戦勝国の手によって敗戦国の大地から切り離されるのであった。
そのサクラには罪人が打ち付けられ、枝からは縄を垂らして罪人を吊り、死を刻みつけられて行った。
人々から愛されていたサクラは、世界を呪い、紅い血のように染まっていった。
《 世界は残酷だ。人は愚かだ。過ちを繰り返す》
腐敗した匂いの充満するサクラに石が投げつけられる。
愛を失ったサクラは堕ちていき、呪いを生み出していく。
これは、世界を呪うサクラとサクラを愛した少女が囚われの身になる物語。
少女を愛する青年が、サクラから少女を取り戻そうとする愛の物語。
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