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馬鹿なのかな?という心の声が分かったのか、目の前の海外事業部事業本部長という噛みそうな肩書きの人は眉間にシワを寄せた。
高級な紺のスーツに身を包んだ目の前の男性は、如何にも重役という雰囲気の部屋で、大きな机の前に立っていた。
綺麗に磨かれた革靴が光り、無造作にかき上げられた前髪が少し落ちた。
少し目に掛かる前髪を邪魔そうにして、切れ長の鋭い目が青深を真っ直ぐに見た。
「君が一社員である事は知っている。が、この人捜しは女性の方が有利であると考えている。その上、君はお客様対応課で、時間に融通が利く。コールセンターに掛かって来たクレームの電話対応は見事であるという報告を受けている。最初に電話に出るのが君の場合、大抵のクレームは30分から1時間、会話をする中でお客様からもういいよ、悪かったね、と言わしめた事も一度や二度ではないと聞いた。それを評価されてお客様対応課への異動。君が一番適任と判断した。」
(ええっと………この人、まじで馬鹿かな?)
言えない言葉を飲み込み、少し目線を上げた。
「あの、お言葉ですが…クレームと人捜しは全然違うと思うんですけど…。」
「内密に頼みたい。その人物は恐らくは9割の確率でコールセンターに出入りしていると思われる。正社員である君ならコールセンターには毎日顔を出すし、お客様対応課ならセンターを見て回る事も不思議ではない。そして正社員であるが故、会社の中はどこでも入っていける。男性では決して入れないトイレであろうともだ。」
(なに、ゆってんのぉ〜この人。誰か訳してよぉ〜。)
泣きたい気分で返事をする。
「お断りします!業務で手は一杯です。そんな訳の分からない内密な仕事なんてしたくないです!」
はっきりと断り、鼻息荒くドアから出て行こうと体の向きを変えて数歩歩いた。
ドアノブに手を掛けようとした瞬間、本部長の声がした。
「給料にプラスだぞ。」
その声にピタッと停止した。
「プラス?」
「そう、内密に頼む仕事だからな。特別手当てを俺が直で出す。副業は禁止だが、会社の中の事で副業とみなさない。着手金10万、途中報告で10万、目的の人物を見つけたら100万出そう。」
(ひ、百………お肉食べれる。新しい服も買ってあげれるし…。)
クルリと振り返る。
「見つけられなかったら?」
「それでもしっかりと働いてくれたと判断する。その時も100万払おう。他言無用、秘密厳守が絶対事項だ。その点に於いても君は合格だった。やるか?」
「ど、どの様な事も全力で対処させて頂きます!!」
多分、この時の青深の目は間違いなくマネーマークになっていた。
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