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森正は俺の文句をスルーして、エレベータに乗りこんだ。背中を睨みながら、俺もあとに続く。
俺は着替えをつめこんだスーツケースを持ってきているが、実家に帰るだけの森正はボディーバッグひとつと身軽なものだ。
エレベータはゆっくりと上昇していく。
俺はエレベータの姿見で全身をざっとチェックした。サックスブルーのシャツにも、栗色のさらさらヘアにも乱れはない。女子たちに王子様みたいと謳われた、気品溢れる端正な顔立ちにもなにひとつ問題はない。あるはずがない。
そこに立っているのは、上から見ても下から見ても完璧に等しい少年だった。
「よし、どこにもおかしいところはないな」
自分で自分に感心しながらつぶやくと、
「いや、おかしいところだらけだろ、おまえは」
鏡の中で人を小馬鹿にするようなまなざしとぶつかった。
「俺のどこがおかしいんだよ。歩く非常識のおまえにだけは言われたくないぞ」
「俺が歩く非常識なら、おまえは空飛ぶ非常識だな」
これでもいちおうつきあっているというのに、森正はしみじみつくづくと相変わらずだ。
千夏さんがいるのに妙な雰囲気を醸し出されても困るといえば困るのだが、恋人である俺を少しくらいは褒めろと言いたい。
千夏さんが暮らしている部屋は、このマンションの最上階――七階のいちばん奥にある。
観葉植物の飾られた廊下を奥に進むにつれて、心臓の動きが慌ただしくなっていく。ありとあらゆる能力に長けた俺は緊張というものをあまり知らないのだが、今日ばかりはいつになく緊張している。
無理もない。これから会おうとしているのは俺の初恋の人であり、女神であり、俺がいままで出会ってきた中でもっとも美しい人なのだから。
俺の繊細な男心を察知するはずもない。部屋の前に着いた森正は、さっさと鍵を開けようとした。
「ちょっ、ちょっと待て、森正! 心の準備がまだ整ってない!」
「なんだよ心の準備って。俺んちにはモンスターも殺人鬼も巣くってねーぞ」
「俺は六年ぶりに千夏さんと会うんだよ。緊張するに決まってるだろ」
「千夏に会うくらいで、どうして緊張するんだよ」
森正は馬鹿馬鹿しいと言わんばかりの顔つきだ。このがさつ極まりない男に、男の中でも特に繊細にできている木村史路を理解しろ、というほうが愚かなのかもしれない。
「千夏さんは俺の初恋の人っていうか、憧れの女神っていうか、とにかくそういう人なんだよ。そんな人に久しぶりに会うんだから、緊張くらいするに決まってるだろ」
「……シロ、おまえなあ」
森正はらしくもなく溜め息をついた。
「よくもまあ俺の前でそういうことが言えるな。おまえって骨の髄まで無神経にできてるよな」
俺はぽかんとして森正の顔を凝視した。
無神経。この男は俺を無神経と言ったのか?
「お、お、お、おまえにだけは無神経なんて言われたくねえよ! おまっ、おまえは無神経の見本じゃねえか! 無神経な奴を集めた無神経の王国があったら、おまえは間違いなくその国の王様だ!」
まさか森正に無神経呼ばわりされるとは。そんなことは夢にも思っていなかったので反応が遅れたが、すぐに怒りが津波のようにせり上がってきた。
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