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言うに事欠いて、繊細を極めた俺に向かって無神経とは何事だ。他の人間にだって言われたくはないが、無神経チャンピオンの森正にはなにがあろうとも言われたくない。
「俺の前で初恋の話なんかよくできるな、って言ってんの」
「初恋の話がなんだって――」
と、言いかけて、はたと言葉を止める。
俺と森正はいまとなってはただの幼馴染みではなくライバルというだけでもなく、つまりそういった関係にあるわけで、その森正の前で昔の恋の話をするのは、無神経と言われてもしかたがないかもしれない。
でも、だが、しかし、しかしだ!
この傲岸不遜、自由奔放、傍若無人な男が初恋の話を聞かされたくらいで傷ついたりするか!?
森正は特に表情のないまなざしで俺を見つめている。その目が俺を責めているように感じるのは、俺が少なからず罪の意識を感じているせいだろうか。
森正の神経がナイロンザイルよりも太いとはいえ、つきあっている相手に向かって初恋の話をするのは、確かに無神経だった。相手が森正じゃなかったら、そんな話は絶対にしなかったはずだ。
つまり俺は過去につきあっていた女の子ほどには森正を大切にできていなかった、ということだ。
「わ、悪かったよ。で、でも、もう昔の話だからな! 初恋っていってもぼんやりとしたもので、その、ちゃんとしたものじゃなかったし」
俺はしどろもどろに言い訳した。みっともないこと極まりない。
「ほんとに悪かったって思ってんのか?」
「お、思ってるからそう言ってるんだろ」
「じゃあ、ちゅーしてみ?」
「はあっ!?」
森正は憎たらしい笑みを浮かべて、俺をながめている。
初恋の話をしたのは悪かったが、だからといってマンションの通路でキスなどできるはずがない。もしも住人に見つかったら、千夏さんまでおかしく思われる。
「共有スペースでそんなことができるか! 誰かに見られたらどうするんだ!」
「いまさらなんだよ。人に見られるくらいもう慣れただろ」
「慣れてねえよ! いまさらとか言うな!」
森正とキスしているところを他の生徒たちに見られたという嫌な過去(それも複数回だ)を思い出してしまい、頬がわっと熱くなった。ただでさえ暑いのに、余計なことを思い出させないで欲しい。
「ちゅーひとつで許してやるって言ってんの。安いもんだろ」
俺は言葉にぐっとつまった。
許すもなにもおまえはただ面白がっているだけじゃないか、と言ってやりたかったが、こちらには恋人としてあるまじきことを口にしてしまった、という負い目がある。
「あ、あとでいいだろ」
「遅くなればなるほど利子がつくぞ」
「利子!? おまえ、俺になにさせるつもりなんだよ!」
「さあなー。なんだったらできる?」
「なんだったらって――」
これまでの体験をもとにしたいかがわしい妄想がどどっと湧き上がり、今度は頬どころか耳たぶまで焼けつくように熱くなった。やばい。まずい。このままでは内側からの熱射病で倒れるかもしれない。
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