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初恋は遠くにありて想うもの
八月に入ると、いよいよ夏本番といった感じになってくる。
十八の夏がどんな夏になるのか、まったくもって想像できない。なにせ今年の夏は隣にこいつ――俺の幼馴染みであり終生のライバルでもある男、森正克寛がいるのだ。
隣を歩いている男へ視線を向ける。森正は額にうっすらと汗を浮かべて、実家へ続く道を歩いていく。
森正をひと言で言い表すのなら、傍若無人、自由奔放、傲岸不遜、厚顔無恥、弱肉強食――ちっともひと言ではなくなってしまったが、まあつまりそういう男だ。
森正は身長一七八センチの俺を優に超える長身で、身長に見あったがっしりした身体つきをしている。こいつは小学生のころから空手を習っているのだが、空手のせいなのか生まれつきなのか、その横顔には凶暴の二文字がくっきりと刻まれている。戦場帰りの傭兵だ、と言われたらうっかり信じてしまいそうだ。
俺が森正と出会ったのは、いまから十二年前――小学校の入学式だった。それからずっとなにかにつけてお互い競い合ってきた。俺が小六の夏に転校するまでは。
もう二度と会うこともないだろうと思っていたのに、俺たちは五年半の歳月を経て再会してしまった。運命だなんてロマンティックな言葉は、こんな野卑な男相手に使いたくない。運命に失礼だ。
八月一日目の今日、俺は森正とともに東京の街中までやってきていた。
母親の再婚によって帰るべき家を失ってしまった俺は、森正の実家で夏休みを過ごすことになっている。森正のたったひとりの姉弟である千夏さんが、俺に会いたいと言ってくれているらしいのだ。
俺だって千夏さんには会いたくてたまらない。なにせ千夏さんは俺の初恋の人なのだ。
それに俺には森正を監視するという任務がある。夏休みだからといって、こいつから目を離すわけにはいかない。理性に乏しい森正のことだ。俺の目がなかったら、瞬殺で浮気するに決まっている。
森正は煉瓦色のマンションのエントランスを入っていく。このマンションが森正の実家だ。俺も子供のころに何度か訪れたことがある。
うっすらと見覚えのある光景に、懐かしさが胸へわっと押しよせてくる。当たり前だが、外観もエレベータホールも昔のままだ。五年半の年月を感じさせないのは、きちんと手入れがされているからだろう。
「なあ、どこかおかしなところはないか」
これから初恋の人とのご対面が待ち受けているのだ。身だしなみを整えておこうと思って訊いたのだが、
「シロ、安心しろよ。おまえにおかしくないところなんて、ひとっつもないから」
森正は振り返りもせずに憎まれ口を叩いた。
「中身の話じゃなくて見た目の話だ! っていうか、中身もおかしくねえよ!」
森正の憎らしさは今日も今日とて健在だ。まったくもって腹立たしい。
それが恋人に対する態度か、と怒鳴ってやりたいが、恋人などという気恥ずかしい言葉はとても口に出せない。口に出した瞬間、恥ずかしさのあまり心身ともに炎上するのが目に見えている。
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