15・7階のSilly Man

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 自分から来いと言ったくせに、なんて奴。  口をとがらせる。そのとおりに一歩後退して離れてやった。  それを受けて奥村が「ふはっ」と笑い、困ったように下を向く。  両脇に松葉杖を挟み、左足を庇うように立った姿勢で、紙パックのストローを器用にはがしていく。青い真四角の牛乳は200ミリリットル入り。  あまり長くないストローが紙パックに突き刺され、向かいの唇がくっついた。  すぐに白く変化する透明だったストロー。ごくごくごくと飲み込むたびに、はげしく動く喉ぼとけ。  はっきりして欲しい。 「牛乳なんか飲んでないで。言ってよ、なんか」  向かいの男はなんともいえない表情だった。真面目ともとれるし、ふざけているようにもとれる。  ものすごい速さで牛乳を飲んでいき、あっというまに200ミリリットルを空にしてしまう。何もなくなってしまった紙パックから、ガラガラガラと乾いた音。  談話室は本当に静かだった。二人きり。部屋の前を通っていく足音が伝ったりはするものの、誰も入ってこない。  いまの奥村はとても清潔だ。口まわりのヒゲはしっかり剃ってあるし、髪も短く切りそろえてある。  そのこぎれいになった男が、ストローから唇を離していく。 「小笠原は俺のこと、好きだろ」  ずるい。  ここにきて、逆に突き返してくるなんて。    目頭がかあっと熱くなってくる。もどかしさと、図星を指された恥ずかしさで。あっという間に涙が浮かんできてしまう。    そこにとつぜん、奥村の手がのびてきた。  軽く、頭を押さえられていた。   「なんでそんなこと言えるかって? だって俺、めっちゃめちゃ小笠原のこと見てるから。隙あらば見てるから」  呆れるくらい見てるよ、小笠原のこと。  奥村の発言のおかげで、涙はこぼれるぎりぎりのところで踏みとどまった。  押さえつけられていた手が、頭から離れていく。 「……ふつう、好きでもない奴にキスなんてさ。できないから。髪だってさ、洗ってもらったりさ、しないから。どうでもいい奴なんかに」  奥村が青い紙パックをたたみはじめている。 「いま考えるとバック宙なんてアホな真似、よくしたよね。なあんかね、なんか。あの時の俺は変だった。本当に変だった。ガキんちょでした」  いまさらながら、また思い出す。  奥村とのキス。こめかみにされるよりももっとドキドキしたキス。唇でのキス。  どう言えば、どういう態度を取ればいいか分からない。きまりが悪くて手元の黄色い紙パックに目を落とす。  バナナのイラストが載った、バナナ・オレ。 「小笠原の前では俺、どうもバカになっちゃうんだわ、恥ずかしい」  恥ずかしい。と言われてそっと顔をあげてみる。  目が合ったとたんに溜息をつかれてしまう。奥村の手にある紙パックは硬いらしく、綺麗にたためていない。たたんだというより、いびつになっただけだった。  詩織もなあ。 「あいつ、なんでいきなりあそこで余計なこと言うかなあ」  俺にだって心の準備ってもんがあるんだけどなあ。  首をかしげてぼやきながらも、奥村は笑っていた。 (終) O&O #3 SHAMPOO    ありがとうございました。  第4章に続きます。  
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