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「奥村です。えーっと、まあ、どうも。はじめまして」
奥村氏が「はじめまして」を強調しつつ頭を下げてきた。
今日はよろしくお願いいたします。
陽射しがあたってまぶしそう。すっとした切れ長の目を細めている。
身につけているのはそれなりのブランドのものだろう。サイズ感ぴったりのダークグレイのスーツに、薄青のシャツ。濃紺のネクタイ。なかなかまずまずのセンス。
顔も中の上。タイプではないけれど、まあ悪くない。きちんと切り整えられたヘアスタイルも好印象。サラサラの髪質がうらやましい。
太すぎず細すぎずの体型。身長はどれくらいなのだろう。175はあって欲しい。
まあまあ。70点かな。とぼんやり評価していたら、一斉に視線が向けられているのに気づく。
隣の母に腕を突つかれた。
「んっ?」
「あんたもほらっ。挨拶。あらためてちゃんと挨拶してっ」
「あっ、あ、はいっ」
挨拶か。
「すみません失礼いたしました。小笠原陽子と申します。はじめまして。今回はお話、どうもありがとうございます」
何もありがたくはなかったが笑顔をつくる。
グッチのトートをまさぐった。いつも持ち歩いている、会社から支給された名刺を二枚取り出して手渡した。机の上からすみません、と言いながら。
「あ、どうも」
「あら、まあまあ」
奥村氏と社長夫人が受け取って、それに目を通していく。
○生命保険相互会社・札幌職域推進課・営業室
ライフアドバイザー
小笠原 陽子
Yohko Ogasawara
あ、すみません。と奥村氏。
「俺、名刺もって来てないんですよ。すみませんほんとに」
「あー、いいんですよ奥村さん。もう、この子ったらねえ? 別に仕事の名刺なんて、こんな時に出さなくても、ねえ?」
そうだろうか。こういう席で出すのは、おかしな事なのだろうか。
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