03・見合

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 見合いなんて初めてだから知ったこっちゃない。というか別に、どうでもいい。  あえて何も言わないでいると、「ホホホホ」と笑う母に再び腕を突つかれた。  痛い。 「すみません、私。つい仕事の癖で。初めてお会いする方に渡しちゃうんですよ名刺」  腕を突かれて痛くても愛想よく、にっこりと笑ってやった。  向かいからもフフっと笑う奥村氏の声。またお目見えしたのが口の端に浮かんだえくぼ。この人ってば優しそうだ。人当たりが大変よろしくていらっしゃる。  母をちらり覗けば、たいへん満足そうだった。奥村氏の穏やかな笑みに対して嬉しそう。 「それにしても大変でしょう? こういうお仕事。セールスレディっていうの? このご時世だしねぇ。今は生命保険の会社もあぶないっていうからあ。ほら、実際××生命は潰れちゃったでしょう? 最近」  そう社長夫人が言ってくるので、笑顔を崩さず返してやった。 「そうですね。大変なのはまあ、そうなんです。この状況なので、保険に加入するお客様が少なくなっていることは確かです。いろいろ問題もありましたからね。でも、うちの会社は○○海上と業務提携して、いい流れにはなっているんですよ。これからも、よりいっそうのサービスをするよう心がけておりますし」 (それよりですね。奥様。うちで出している「ライフプランB」はとてもご好評頂いてるんですよ。死亡や成人病、骨折、日帰り手術の退院保障までしっかりサポートしておりますし、払込満期まで保険料は一定なんです。返戻率も以前のプランに比べてグッとアップしたんですよ)  ここでも営業してしまいそうになるとは、あほだ。 「すごく仕事熱心なお嬢さんだって。そう聞いてますよ? しっかりされているようだし美人さんだし。ねえ? 奥村さんよかったわねえ?」 「あー、ねえ? ほんとですねえ? ホントにほんとだ……」  なぜか奥村氏がごにょごにょと言葉を濁す。  そしてうつむき、ひっそりと笑いはじめた。肩を小刻みにふるわせて。  奥村氏が時折おかしそうに笑うのが気になったが、場はずっと和やかだった。  自分の本当を見せない顔合わせ。  こんなものかと思った。見合いなんてこんなもの。
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