03・見合

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 母の甘い香水臭と社長夫人の派手なスーツがテーブルからなくなると、いよいよもう、何をしていいのか分からない。  仕方がないので置かれてあった紅茶を飲んでみる。四客の白いティーカップ。誰もほとんど口をつけず、たっぷり残されていたルビー色。もう、紅茶の香りは消えている。  奥村氏は退席した二人を目で追っていた。  凛とした横顔だ。実は意思が強そうな。もともとこういう肌の色をしているのだろうか。少し日焼けしたような肌の色。  紅茶はやっぱりぬるかった。香りより、渋みのほうが口に残る。  白いカップのふちにローズ色の口紅が付いてしまう。それを、向かいにばれないように、親指でぐいと拭き取った。  さてどうしよう。  どうやって、この話はなかったことに。と持ちこもう。  奥村氏は穏やかな人だった。ただにっこりと話を聞いてはうなずいて。  でしゃばることなんてしない。尋ねられたことだけを簡潔に答える人だった。  いい人なのだろうとは思う。  でも、付き合う気はまったくしない。そんな感情は起きそうにない。この場限りで終わってしまう縁なのだ。  奥村氏だってそう思っているに違いない。こちらに対し興味をもった素振りも何も、なかったから。  白いカップをソーサーに戻し、向かいへ目をやってみる。  奥村氏は階段の方ばかり注視していて、ずっと横顔ばかり見せつけてくる。  その彼が小さくガッツポーズをしたのは、あの二人が喫茶室から完全にいなくなったのと同時。 「あーやっと行ったな」  ボソリ吐き出された声に、ん? となる。  ん? なんか変だぞ。  考える間を向かいの奥村氏は与えない。だるそうに足を組み出した。姿勢だって思う存分崩していく。 「あーなまら肩こるわあ」  ジャケットのボタンをはずし。乱暴にネクタイをゆるめ。そしてワイシャツのボタンまでも二つほど外していく奥村氏。 「まあまあまあオバサマ方の相手すんのはあれだわ、疲れるねえ? な? 小笠原。な? ヨーコオガサワラ」  同意を求めるようなまなざしを向けてきた。
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