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奥村がだらしない姿勢でティーカップをむんずとつかみ取る。
ぬっるー! と言いつつも、紅茶を全部、飲み干している。
もう遠慮はしない。舐めるように向かいを見てやった。
ここに来てから離れなかった妙な感じ。
それは「奥村」だったからだ。
やかましく走り回っていた男の子は、スーツなんかを着て目の前にいる。ソプラノの声だってもうない。低音の、大人の男の声になってしまった。
「なにさ、じろじろ見んなよ」
少しばかり照れくさそうにしている奥村が、テーブルの端にあったメニューを手にとった。
「あー腹減った。俺ね、朝から何にも食ってないのよ」
近眼らしい。メニューを顔に近づけて文字を追っている。
「……奥村だったのか。なんかひっかかる感じはあったんだけど。でもホント分かんなかった。変わったよねえ」
そしてすっかり、いい人ぶりに騙された。ここで奴が正体を明かさなければ、ずっと分からないままだっただろう。
「でしょ? いい男になって惚れ惚れしたしょ? まー、もともと俺ちっさい時からカワユかったけど」
思わず吹きだしてしまう。
「んなこと誰も言ってない」
「あらそうですか」
奥村がすいませーんと手をあげる。遠くで待機していた若いウェイトレスを呼んだ。
「ワッフル下さい」
注文を聞いたウェイトレスがにこやかに承諾して去っていく。初々しい、清楚な雰囲気のウェイトレス。
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