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「でもさ、そんなこと言って奥村、ちょっとあたしが気になってたんじゃないのお?」
「あ?」
「だって、あたしが相手だって知っててここに来たわけでしょう? 実はひとめ会ってみたいなあ、なんて思ってたんじゃない? どうよ?」
「はああっ? まったく参るわこの人は」
またわざとらしく息を吐かれた。
ゆるめられたネクタイ。鎖骨がしっかり見えるシャツのボタンの開け具合。すごくけだるそう。
「バカ言ってんじゃありませんよ小笠原くん。言ったでしょ? 僕はしがないヒラ社員。上のご命令には逆らえないの。相手が誰だったって来てましたよ」
「あっ、そう」
「でもどうせなら癒し系の、優しい感じの子がよかったなあ。お前でなくて。そしたらねえ、僕ほんとに恋に落ちちゃって! この場でプロポーズなんかしちゃってて! そんでもう明日には区役所行って電撃婚! いいねえ。ああでもやべえなぁ。そうすると僕、いまのアパート引っ越さないと。一人でならいいんだけどね? 二人で住むには厳しいの。や、住めなくはないのよ? 住めなくは。でもね収納がないのよ収納が。ほらあ、女の人って何かと荷物多いでしょう? やー、僕のアパートじゃだめなんだ! もう収納がない! エイブルに行かないと!」
「……あのー、ちょっといいですか? 一人でどこにいっちゃってるんですか?」
「いやいやいや想像したら楽しい楽しい」
「見合い相手があたしですみませんでしたねっ。癒し系じゃなくてすみませんでしたよっ」
「ほんとだよもう頼むよ小笠原あ」
「じゃあさ! 見合いの相手が誰だったって来たって言ったけどさ! あなたは相手がオカマでも来てたんですかっ」
「うん!」
「え? ほんとに?」
「……嘘だよ来るかボケ! ていうかね? そんなの、あのオバサンが紹介してくるわけがないでしょう? 君はなんでそういうアホで安直な例えしか出てこないの? なんでそんなバカ野郎なの?」
「バカ野郎って」
なんなんだこの言われよう。
あたしが気になってたんじゃないのお? なんて、冗談で言ったのに。話が飛躍して癒し系がいいだの電撃婚だの。最後にはバカ野郎呼ばわり。
人を罵倒しておいて、奥村は目の前で楽しそうに笑っている。鼻をくしゃくしゃにさせながら。
すんごく憎たらしい。でも、それがなぜか許せてしまうのは彼の愛嬌のせいなのか。
などと考えていると窓の外が少し騒がしい。
見ると、道路を挟んで向かいにあるチャペルだった。開いた扉からぞろぞろと人が流れてくる。燕尾服の男性だったり、ひらひらしたワンピースの女の子だったり、和服姿の女性だったり。
チャペルのドアを囲むカラフルな衣装たち。ぽかぽかした陽射しの中で、みんなが全員和やかだ。
やがてスタッフらしい青年が、小さなかごをたくさん持って参列者の中へ。配っているかごには花びらが入っているようだ。淡い色だったり、強い色だったりする花びら。
花の甘い香りがこちらにまで漂ってくるかのよう。これから、式を終えたカップルをフラワーシャワーで迎えるのだろう。自分も何度かやったことがある。
奥村も頬杖をついてチャペルを見下ろしていた。
何となしに目が合うと、奴が静かにつぶやいた。
「結婚式、終わったんだわねぇ」
ふいに見せた感慨深げな表情に、会わなかった十数年間がうかがえた。もう小学生なんかじゃない。それなりの人生を歩み、経験を重ねた男の顔――黙っていればまともなのに。
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