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向かいのチャペルはすでにしんとしていた。スタッフたちで片づけられている、色とりどりの花びらたち。
つい最近まで夕方の四時なんて暗かったのに、今日は太陽がまだ空にあってあたたかい。コートを着てこなくて本当によかった。
高さの変わらない目線をもつ奥村と、並んで歩いていた。小売店が並ぶ地下鉄までの道のりを。二人分の靴の音を鳴らしながら。
「お前さあ。小学校ん時山本のこと好きだったでしょ」
奥村がにやにやしている。
懐かしい名前を急に出されて、思わず顔をゆるめてしまった。取り繕うことはできなかった。
山本学は小学校時代のクラスメイトだ。成績優秀、スポーツ万能、優しくてみんなに人気がありと、まるで少女漫画に出てきそうな男の子だった。当然女子たちの憧れの的。
例外にもれず。奥村の言うとおり、山本学のことが好きだった。
初恋の人だった。
「えー、なんで? なんでそう思ったの?」
「んー、なんかねえ、不思議といまでも印象に残ってんのよ。小笠原って山本好きだったんだよあって。だってさあ、あなたが山本を見る目、もう、いっちゃってたんだもの。なんかねえ目からハートマークのビーム出てた。ビームでぶっ殺す感じで」
殺すかよ。
「いやそんなあからさまだった?」
「だったねえ。俺がいまでも覚えてるくらいだもの」
奥村がしみじみ言う。
「しっかし俺、山本が羨ましかった、あん時は。見た? 見たあなた。バレンタインの日、あいつがもらったチョコの数。お前ジャニーズかよって言うね?」
「あーすごかったよねえ。もててたから」
「山本にチョコやった?」
「やったよー。やったに決まってるじゃん。それに山本くんからお返しだってもらえちゃったもんねー」
「……ああー」
奥村が意味ありげな表情をする。
「でもあの男はね? チョコくれた女子のみなさん全員にお返し配ってたんですよ? まったくあの八方美人野郎めが」
「知ってたよそんなの。ていうかちゃんと全員にお返しするなんて、優しいよ山本くんは」
「……あっ、そう」
そうですか。
奥村がククッと笑う。
その笑い方が何だかむかついて、ヒールの靴でわざと、音をたてて歩いてみせた。
「そういう奥村は誰かにチョコもらえたのかい?」
「おお。もらえたに決まってるっしょや」
「えー! 誰誰誰誰?」
「うん! かーちゃん!」
「……」
アハハハと大げさに声をあげて笑ってやった。
けれど奥村は意に介さない。
「義理でもいいから欲しかったねえ。俺チョコ大好きだし」
山本学がもてていた事が羨ましかったのか。
チョコレイトをいっぱいもらえていた事が羨ましかったのか。
「あんたみたいにねえ、いつも鼻水ぶったらして遊んでたような男に、魅力というものを感じないんです女は」
「今は昔と違いますから」
「そうですかねえ」
奥村の胸ポケットに押し込められたチョコレイトを、ちらりと見やった。
無造作に押し込められ、ダークグレイのジャケットで目立ってしまっている、包み紙のモカ色を。
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