05・帰路

2/5
前へ
/315ページ
次へ
 向かいのチャペルはすでにしんとしていた。スタッフたちで片づけられている、色とりどりの花びらたち。  つい最近まで夕方の四時なんて暗かったのに、今日は太陽がまだ空にあってあたたかい。コートを着てこなくて本当によかった。  高さの変わらない目線をもつ奥村と、並んで歩いていた。小売店が並ぶ地下鉄までの道のりを。二人分の靴の音を鳴らしながら。 「お前さあ。小学校ん時山本のこと好きだったでしょ」  奥村がにやにやしている。  懐かしい名前を急に出されて、思わず顔をゆるめてしまった。取り繕うことはできなかった。  山本学は小学校時代のクラスメイトだ。成績優秀、スポーツ万能、優しくてみんなに人気がありと、まるで少女漫画に出てきそうな男の子だった。当然女子たちの憧れの的。  例外にもれず。奥村の言うとおり、山本学のことが好きだった。  初恋の人だった。 「えー、なんで? なんでそう思ったの?」 「んー、なんかねえ、不思議といまでも印象に残ってんのよ。小笠原って山本好きだったんだよあって。だってさあ、あなたが山本を見る目、もう、いっちゃってたんだもの。なんかねえ目からハートマークのビーム出てた。ビームでぶっ殺す感じで」  殺すかよ。 「いやそんなあからさまだった?」 「だったねえ。俺がいまでも覚えてるくらいだもの」  奥村がしみじみ言う。 「しっかし俺、山本が羨ましかった、あん時は。見た? 見たあなた。バレンタインの日、あいつがもらったチョコの数。お前ジャニーズかよって言うね?」 「あーすごかったよねえ。もててたから」 「山本にチョコやった?」 「やったよー。やったに決まってるじゃん。それに山本くんからお返しだってもらえちゃったもんねー」 「……ああー」  奥村が意味ありげな表情をする。 「でもあの男はね? チョコくれた女子のみなさん全員にお返し配ってたんですよ? まったくあの八方美人野郎めが」 「知ってたよそんなの。ていうかちゃんと全員にお返しするなんて、優しいよ山本くんは」 「……あっ、そう」  そうですか。  奥村がククッと笑う。  その笑い方が何だかむかついて、ヒールの靴でわざと、音をたてて歩いてみせた。 「そういう奥村は誰かにチョコもらえたのかい?」 「おお。もらえたに決まってるっしょや」 「えー! 誰誰誰誰?」 「うん! かーちゃん!」 「……」  アハハハと大げさに声をあげて笑ってやった。  けれど奥村は意に介さない。 「義理でもいいから欲しかったねえ。俺チョコ大好きだし」  山本学がもてていた事が羨ましかったのか。  チョコレイトをいっぱいもらえていた事が羨ましかったのか。 「あんたみたいにねえ、いつも鼻水ぶったらして遊んでたような男に、魅力というものを感じないんです女は」 「今は昔と違いますから」 「そうですかねえ」  奥村の胸ポケットに押し込められたチョコレイトを、ちらりと見やった。  無造作に押し込められ、ダークグレイのジャケットで目立ってしまっている、包み紙のモカ色を。
/315ページ

最初のコメントを投稿しよう!

525人が本棚に入れています
本棚に追加