529人が本棚に入れています
本棚に追加
高視聴率らしい話題のドラマでも興味はない。計算落涙女優の服とメイクだけを一瞥し、爪の手入れを再開した。
「陽子っ?」
台所から声をかけられたって、ろくに聞いてはいなかった。
「はいはいはい。準備ね? やってますよ? やってます。いま爪の方でやってます」
適当に返し、いい感じに仕上がった爪にオイルをすり込んでいく。このオイルにはビタミンEが含まれていて、爪を強くしてくれるらしいと雑誌にあったから買ってみた。これが落ち着いたらマニキュアだ。いやその前にベースコートを塗っておこう。先に塗っておくと、マニキュアのつきももちも断然違うから。
炊いたごはんと味噌汁の匂いがする。
夕飯には好物のかすべの煮物がお目見えするらしい。母が誰かさんの機嫌を取るために、わざわざこしらえてくれたらしい。
わが家では家族が必ずそろって夕飯をとっている。まるでサザエさんの一家のように。父の帰宅が遅いので、今日の夕食開始は少し遅くなりそうだ。
今のところ我が家は三人でのマンション暮らしだ。父はサラリーマン。母は専業主婦。
三つ下の妹は、短大を卒業してすぐの二十歳で結婚してしまっている。それからずっと、家事をしながら旦那の帰りを待つ日々だという。
二十歳でそれは早すぎると思う。遊びたい盛りではないか。
実際、自分なんか二十五歳になっても遊びたい。服だって鞄だって欲しいし、旅行もしたい。おしゃれなカフェやレストランにだって行きたい。
そのためにも働く。稼ぐ。面倒くさい用件も、笑顔で切り抜けてみせる。
最初のコメントを投稿しよう!