525人が本棚に入れています
本棚に追加
「あ、そうそう」
奥村が口をひらく。若干とってつけたように。
「俺さ、しょっちゅう山本と会ってたりするんだよ、これが」
「えっ! ほんとっ?」
「ほんと」
思いがけない報告に、少し興奮してしまう。
「ね、山本くん元気っ? 相変わらずカッコイイ? いまなにしてんのっ?」
まくしたてると、奥村は苦笑い。
あー、はいはい分かったから落ちつきな。
「山本はねえ、元気。いまも札幌にいるよ。営業マン。多分ね、あなた普通に美化してカッコイイあれば想像してると思うけど、それ、まったくその通りでいいよ。裏切ることなくいい男。よかったな小笠原」
「……へぇ、すごい。そっ、かあ」
山本学はどんな風に成長したのだろう。どんな二十五歳になったのか。
顔を思い返してみる。小学生の頃の彼の。
だがはっきりと浮かばない。あんなに好きだったのに。
家に帰ったら卒業アルバムを久しぶりに開いてみようか。けれどあれには、途中で転校した奥村は載ってないけれど。
ゆるめたネクタイに、ふたつはずしたワイシャツのボタン。いまでもスーツを着くずしている男。
まあこんな男でも、仕事は真面目にこなしているのだろう。多分。
思い起こしてみる。喫茶室での、年配者ふたりがいなくなる前までの好青年ぶりを。奴の好演ぶりを。
吹き出してしまった。
「ん?」
なんで笑ったの。と言いたげな顔のあと、奥村が口をひらいた。
じゃあな。
「じゃあ、もう会えるか分かんないけどー。元気でな? オクサンによろしく断わっといて? でも、ひどいこと言わないでおいてちょうだいよ」
笑ったままでうなずいた。
ひどいことって、どう言えばひどいんだか。
(もう会えるか分かんないけど)
少し寂しいけれど、多分そうなのだろう。
見合いをきっかけに奥村と会えたけれど、付き合うことにはならなかった。
奴に会えて、まあよかったと思っている。今日は人生の中でまったくといって重要な日ではないのだろう。
でもいい日だった。
結構楽しかった。
最初のコメントを投稿しよう!