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06・目撃
枝毛が出来ている。
無理もない。カラーリングやヘアアイロンで痛めつけているのだから。
パサパサになった髪の毛を改善するためにトリートメントはかかせない。けれどそれで一時的にしっとりしても、枝毛がなくなるわけじゃない。カットしなければ結局はダメみたいだ。やはり週末の休みに美容院へ行ってこよう。
ヘアカタログを見るついで、友人の勤める本屋に寄ることにした。
その本屋は札幌駅からそう遠くない。会社からも近い。だから友人に会いに行きがてら、よく寄ったりしている。
あの日からもう一ヶ月経っていた。
あの、見合いをした日から。
最近、保険業界の動きが慌しい。その関係上毎日が忙しかった。今日もなんだかんだで七時すぎの退勤。普段なら五時半には会社を出ているのに。
本屋の自動ドアが開くと、友人の路子が雑誌を何冊も抱えているのが目に入る。すぐに。
一本に結わえた長い髪。モスグリーンのベストとスカート。彼女の姿を見るのは久しぶりだった。
店内に客は少なく、BGMがいやに響いていた。レジには一人、見慣れない女の子。新しい社員かアルバイトだろう。モスグリーンの制服がやたらとぶかぶかしていた。
靴の音をたてながら店内を進む。反応した路子が、雑誌を持ったままの姿勢でこちらを向いた。
「あ」という顔のあと、すぐに返ってきたおだやかな笑顔。
けれど彼女には仕事が残っているらしい。近寄っておしゃべりしたい気持ちをおさえ、女性誌のコーナーへ。
ずらりと平積みしてある女性誌。ヘアカタログはなかなか見つからず、ラックの中に隠れていたのをようやく探し出す。
ヘアカタログをペラペラめくる。ショートヘアのところは読み飛ばし。
次はどんな髪型にしようか。
パーマをかけたいけれど、髪はますます痛むだろう。肩まで伸びてはいるが、実はもう少し長くしたい。
「なんか陽子あいかわらずいい匂いする」
真横からやわらかな声。いつのまにか小柄な路子が寄り添っていた。
顔はぽっちゃりしつつも大きな目。その目が、ヘアカタログの誌面を追っていた。
「――いつの間に。びっくりした」
ああごめん。と路子。
「なんかひさしぶりだね陽子と会うの。仕事、終わったの今? いつもより遅くない?」
「あー、うん。最近、結構忙しくて」
「業界、いろいろ大変みたいだもんね」
「……まあねえ。あ、そう。話変わるけどさ。あたしあんたんちに結構電話してんだよ、ごはん誘おうと思ってさ。なのにずっと留守電ばっかし。一体いつも、どこ行ってんのさ」
ヘアカタログを眺める合間に隣を見やれば、ただ穏やかな笑顔があるだけだった。こちらの問いかけには答えずに。
「……ね。調子、どう? 最近」
もういちど尋ねると、それに対しては路子が即答してくる。
ぼちぼちだよ、と。
ぼちぼち。
そういう返事をよこす人は、たいてい調子がいいということだ。最近路子は年下の彼と付き合いだしたらしい。
「ふうん。よかったね」
「陽子。髪型、変えるの?」
「うーん、どうしようかと思って」
「どんな髪型でも似合うでしょう、 陽子きれいだし」
「……なに言ってんのさ」
かるく腕を小突いてやると、苦笑いで返された。
蛍光灯の明かりの下で、路子の髪がつややかに光っている。きっちり、一本に結ばれた長い髪。これをほどくと、シャンプーの宣伝に出てきそうなきれいな髪が現れるのだ。
ひどく、この髪に憧れる。
路子にはきっと、枝毛なんてないのだろう。
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