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ドアを開くと同時にふわりと、おいしそうな匂い。おでんはもうないはずなのにどうしてだろう。和風だしの匂い。コンビニに入ると、だいたい決まってこんな匂いがする。
「いらっしゃいませ、こんばんは!」
買い物かごを掴むなり、元気な店員の声がして驚く。横で雑誌の整頓をしていた店員は、初めて見る男の子だった。よくこの店を利用するから分かる。新入りに違いない。
くすぐったい気持ちになってうなずいて、惣菜コーナーへ急ぐ。
二百円で売られているパック入りの朝鮮漬けは、三つあった。
三つとも手に取ってかごに入れる。父の大好きなキムチを。
そうだ。ビールも頼まれていた。
買わないとな、と方向転換した時だった。
右横を、ダークグレイのスーツがすっとすれ違う。男性だった。
その買い物かごには赤ワイン。さらにお菓子かいくつか。
その中で目についたのはチョコレイトのアソート袋だった。
赤ワインにチョコレイト。
その組み合わせもまあアリだよねと三歩、靴をならしたところで立ち止まる。
あれ? と思って振り返る。
向こうもそう。
あれ? という顔で振り返ってきた。
また今日も、今夜も、ゆるめてしまっているネクタイ。ワイシャツのボタンも上からふたつ外してしまってだらしない。
せっかく身体に合ったデザインの、仕立てのいいスーツを着ているのに。
ぽかんと見つめ合った時間はごくわずか。
沈黙は向こうによって破られた。
「ヨーコオガサワラじゃん」
ヨーコオガサワラ。
「……その呼び方、やめてくれません? 奥村高志」
「あらまあそれはすみません」
ニッと笑った奥村の口の端で、やっぱりえくぼが浮かんでいた。
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