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「偶然でございますね。なに小笠原、いま仕事帰り?」
「奥村も?」
「あー、まあ」
「あれ? あんたんちって琴似じゃなかったっけ? なんでこんなとこいるの? ぜんぜん方向違うでしょうが」
「……んまあ。ちょっと、野暮用」
「ふうん?」
含みをもった笑みを見せられて、つい首を傾げてしまったが、まあいい。
「最近、どう? 調子のほうは?」と尋ねると、奥村の返事はこうだった。
「ぼちぼち」
ぼちぼち。
路子と同じ返答だ。
「小笠原は夜メシの買い出しかい?」
と、買い物かごをのぞき見される。
とたんにクッと笑われた。
「うわお前、キムチまとめ買いかい!」
「あ、これは」
「それでメシ食うの? や、違うね。それつまみにこれから一杯やるんでしょ。いやいやいやいや渋いねえ。ああでもなんかイメージに合うわあ。さすがだわあ」
「違う違う! これはね? 家の人に頼まれて!」
「ホントかあ? なんかねえ小笠原って、酒がめちゃめちゃ好きそうなイメージなのよ。外でも家でも飲んだくれてそうなイメージ。して、日本酒一升瓶、そのまんま口つけて豪快に飲んでそう。おい酒が足りねえぞ! オルァ! もっと酒持ってこいやオルァ! ってやってそう」
ねえそうなんでしょ? 小笠原。
言うだけ言って、うっひゃっひゃ! と手を叩いて笑い出した奥村へ、かごの中のキムチをぶん投げてやりたい衝動にかられて、やめる。
視界の隅に、人の気配があったからだ。
いつの間にかレジの中には先ほどの元気店員がいたから。見られているような気がしたから。
いまだにうひゃうひゃ笑っている奥村の腕をばちんと叩く。
いてっ! と叫びながら、奴は腕を押さえた。
「やだもう叩かないでくれません? あなたの力でだと僕、骨折しちゃうでしょう? 治療費出してくれんの?」
何をほざいてんだか。
そんなに痛くなさそうなくせして。
本当に腹が立つ。
その言いぐさも。人をバカにしてくるのも。
「――アホくさ」
奴を無視してビールが納められている冷蔵庫まで向かう。
苛立ったまま乱暴にドアを開ければ、冷気がぶつかってきてゾクリ。それでも缶ビールを三本かごに入れた。サッポロビアグランデ。父が最近、好んでよく飲むピールだ。
入れてしまってからハッとする。酒の話題でからかわれたばかりなのに、タイミング悪くビールなんかを手に取ってしまった。絶対、後ろにいるあいつに何か言われてしまう。
睨みながら振り返る。
けれど奴の姿はなかったので拍子抜けする。弁当やサンドウィッチや惣菜が、整然と並んであるだけだった。いやに明るいコンビニ内の風景がそこにあるだけ。缶ビールをさわったばかりの手が冷たい。
いるとうるさいけれど、いないと逆に気になってしまう。
和風だしみたいな匂いがするコンビニの中を歩き、奥村を探し始めた。
雑誌コーナーには立ち読みしている客がひとり。週刊マンガのページをめくっている。
奥村は目立たないところにいた。
おくむら。
と言いかけて口をつぐむ。
というのも、奴がいたのはコンドームの置かれてあるコーナーだったから。そばには下着や靴下、ストッキング。
靴下か下着を買うのかと思いきや、奥村が手にしたのはよりにもよってコンドーム。やたらと派手なパッケージ。それを、買い物かごの中へポトリ。
呆気にとられて固まっていたところで、奥村がふっと振り返る。
目が合った。
「うおっ」
小さく叫ぶと同時、奴はビクリと体を震わせていた。
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