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父が帰ってきたおかげでようやく食事にありつけた。
母は興奮して話してばかり。明日の見合いに、同行されてしまうのだ。
「明日はお母さん何着てこうかな」
「場所は円山だからね陽子。地下鉄で行くからね早めに。遅れないようにしないと」
一人ではしゃいでしまっている。まるで自分が見合いする当人であるかのように。
恋する少女のようにはじける母の語りを聞き流し、好物のかすべの煮付けを食べる。いい感じに味付けされたかすべの、骨をぼりぼりと。
かすべは、この骨がたまらない。噛んで味わう。生姜の風味がきいていて、とてもいい。
父はほとんど喋らない。冷えたビールを飲みながら、食べ物を黙々と口にする。そしてこの人は、辛いキムチが大好きだ。器に盛られた大量のキムチが父の前にはどんとある。
ごはんと味噌汁と、かすべの煮物とキムチの匂い。
二年前まで、このテーブルには妹がいた。
細かなキズが無数に印された四角いテーブル。四つの椅子――うちのひとつは空いている。
妹がいなくなってから、父はいつにも増して会話をしなくなったように思う。
白髪まじり。皺の目立つ顔。もう少しで定年退職する父。その父に、花嫁姿を見せてあげたい気もする。
でも、いまはまだ。
もう少し、待って欲しい。
三人で夕食をとるのは一体、いつまで続くのだろう。もし自分がいなくなったら、この父と母の食卓は、どうなってしまうのだろう。
そんなことを思いつつ、かすべの骨をぼりぼり噛んだ。生姜の風味がやはりいい。
「ああどうしよう。明日は何を着ていけば」
とりあえず、母の話が終わらない。
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