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02・当日
その日はあまりにも天気がよく、厚化粧した母の顔が白く浮いていた。若草色の訪問着。きっちりとひとつにまとめられた髪。首筋あたりから漂う甘い香り。
普段あまりまとわない香水まで登場させてしまうあたり、母の気合いの入れようが分かって怖い。
出社するのと同じような黒のパンツスーツを用意していたら、そんな母に待ったをかけられた。
「ねえあんた、いまから葬式に行く気なの?」
・
「やっぱり今日はあの振袖で行きなさいっ!」
「絶対にやだっ!」
――の攻防を繰り返したすえに、両者がこれならまあ、と妥協した衣装は薄桃色のツーピース。
久しぶりに袖を通すものだった。妹の結婚披露宴で着るために買ったもの。
淡い、可愛らしい色の服を、近ごろはめったに着ない。黒やグレイや紺、茶色。無難な色の服ばかり。
この、薄桃色のツーピースは、いかにもしとやかなお嬢さんが身に着けそうなものだから、気恥ずかくてしょうがない。しかもずっとクローゼットの中で眠っていたものだから、うっすらと防虫剤の匂いがしてきて萎える。お気に入りのランコムのトレゾァを吹きかけようとして、やめた。
二年前のものでもデザインは古くない。お値段もなかなかしたものだから生地も仕立ても悪くない。けれど、着慣れない服というものはどうも心地が悪い。
グッチの黒いバンブートートに、同じブランドの靴を合わせてみた。可愛らしいツーピースの印象を少しでも引き締めるための組み合わせ。
「奥村さん」と会うのは、午後二時だ。
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