第4話『小悪魔変身』

1/1
前へ
/47ページ
次へ

第4話『小悪魔変身』

亜矢と一緒の部屋に住んでいる、小悪魔・コラン。 亜矢が学校へ行っている間、コランは部屋で一人。 時々、ディアがお世話に来てはくれるが、魔王に仕える彼は忙しい為、毎日という訳にはいかない。 お昼の時間、コランは亜矢が朝に作ってくれたお弁当を食べながら、テレビをじーっと見ていた。 食べ終わると、テーブルの上いっぱいにトランプのカードをばらまき、何をする訳でもなく掻き回して眺めていた。 そうしていると、玄関のドアが開く音がした。 コランはパっと明るい笑顔になって、トランプをまとめると手に持ち、玄関へと駆け出した。 「アヤ、お帰り~~!!」 いつものように、玄関先で元気よく亜矢の腰に抱きつく。 可愛い小悪魔のお出迎えに、亜矢も笑顔で抱き返す。 「ただいま、コランくん」 コランは、そのままで亜矢の顔を見上げる。 「アヤ、オレとトランプしようぜ!!今日は負けないぜ!」 だが、亜矢は微笑みながらも、どこか疲れている様子だ。 「うん。でも、明日は小テストがあるから、また今度ね」 「え~~~~!」 コランは聞き分けの悪い子ではないのでワガママは言わないが、それでも残念そうな声を上げた。 「待っててね、今から夕飯作るから」 「………うん」 コランは小さく返事を返した。 学業と家事の両立が大変な事だっていうのは、コランにだって分かる。 だが、亜矢と一緒に暮らしているのに、一緒にいられる時間が少ない気がする。 誰よりも、亜矢の近くにいるはずなのに。 亜矢と同じ学校に通う事が出来ないコランの心は、いつしか寂しさを募らせた。 そして数日後。 今日は土曜日。学校は休みで、亜矢は登校しない日だという事をコランはすでに覚えている。 「アヤ、今日はオレとトランプしようぜ!」 だが、亜矢は何やら出かける準備をしているようだ。 「どこかへ行くのか?」 「あ、うん。リョウくんの部屋に。お料理を教えてもらいに行くのよ」 「……………」 コランは口を閉ざした。大きく開いた赤色の瞳が、揺れている。 いつもらしくないコランに、亜矢はコランと同じ視線の高さになるまで膝を曲げた。 「コランくんも一緒に行く?」 優しい口調で問いかけるが、見返す事なくコランは少し目を伏せた。 「………いい。行かない」 力のない、小さく素っ気ない口調。 フイっと顔を横に向けると、コランは背中を向けて亜矢の部屋へと戻って行く。 亜矢は、ポカンとしてコランの背中を目で追っていた。 いつものコランなら、喜んで亜矢と一緒について行くのに。 (どうしちゃったのかしら、コランくん……) その日の夜。 亜矢はテーブルの上にノートや教科書を広げ、宿題に取り組んでいた。 コランが、その後ろからそっと覗きこんだ。 「アヤ、オレも手伝う」 亜矢は驚いて手を止め、振り返った。 コランは、真剣な表情をしている。 「手伝って欲しいのは山々だけど、コレは宿題だから。自分でやるものなのよ」 だが、コランは引き下がる様子はない、と言った感じだ。 「オレは、アヤの願いを叶える為にココに居るんだ。契約者の願いを叶える事が、悪魔の……オレの仕事なんだっ!!」 コランは数歩後ろへ下がると、ポンッ☆という音と共に、その手に長く鋭い『悪魔の槍』を出現させた。 刃先が3つに分かれた、黒い巨大なフォークのようなその鋭い刃物は武器ではなく、コランが魔法を使う時に用いる杖。 「えっ!?コランくん、何をする気……!!」 亜矢は慌てて立ち上がるが、コランは刃先をテーブルの上のノートに向けた。 「………エイッ!!」 掛け声と共に、コランは槍を大きく振り下ろした。 槍の刃先からエネルギー弾が発生し、ノートに向かって発射された。 亜矢は、思わず反射的にテーブルから離れた。 ボンッ!! その光弾はノートに当たった瞬間に、大きく弾け飛んだ。 その爆発にノートも巻き込まれ、共に空中に弾け飛んだ。 頭上を見上げると、バラバラに分解されてしまったノートのページが紙吹雪のようにヒラヒラと舞い落ちてくる。 亜矢とコランは、呆然とその紙吹雪を見上げていた。 しばらくの、沈黙。 コランが小さく口を開いた。 「失敗………しちゃった」 亜矢はハっとしてコランの方を見る。 「ダメじゃない、コランくんっ!!」 コランは、ビクっと肩を揺らした。 コランの手に握られていた槍が、音もなく消える。 (アヤに怒られた………!) それは、コランにとって初めての事。 いつも優しい亜矢がコランに投げかけたその言葉は、大きな衝撃となった。 大きな瞳に涙をいっぱいに浮かべ、コランは何も言わず走り出した。 「コランくんっ!?」 亜矢の叫びにも答えず、コランは寝室となっている亜矢の部屋へと駆け込んだ。 亜矢は、床に散らばったノートの欠片に囲まれ、立ち尽くしていた。 (あたし、そんなにキツく言ったかしら…?) 亜矢はノートの破片を拾い集めるとテーブルの上に置き、寝室へと向かった。 寝室のドアを開けると、中は真っ暗だ。電気はついていない。 亜矢は目をこらし、ベッドの前まで歩み寄る。 近くまで行くと、ベッドの片隅でコランが布団をかぶり、丸まっているのが分かる。 コランの肩は、小さく震えている。おそらく、ずっと泣いているのだろう。 「コランくん……」 申し訳ない気持ちになって、亜矢は小さく声をかける。 「う……ア…ヤ………ごめん……なさ……」 コランは背中を向けたまま、小さく途切れ途切れに言葉を繋いだ。 亜矢は、コランの肩に優しく手を置いた。 「あたしはもう怒ってないわ」 コランの肩の震えが止まった。 「あたしの為に一生懸命になってくれるのは嬉しいわ。でも、コランくんはまだ小さいんだから、そんなに頑張らなくていいのよ」 コランは、瞳を大きく開いた。いつの間にか、涙は止まっている。 「………オレ、子供じゃない」 「あ、そうよね、ごめんね」 いつもらしいコランの反応に、思わず微笑みがこぼれる。 「明日は日曜日だから、ずっと一緒に遊ぼうね」 その言葉に、コランはパっと勢い良く身を起こして亜矢の方に顔を向けた。 「………ホントか!?」 「うん」 そうして、二人は顔を見合わせてニッコリと笑った。 「おやすみ、アヤ!」 「おやすみ、コランくん」 亜矢はコランの額に軽くキスをした。 泣きつかれたコランは、そのまますぐ眠りへと落ちた。 亜矢は寝室のドアを閉めると、ドアの前で顔を下げた。 (あたしの方こそ、ごめんね……) そうして、宿題を終わらせるべく、亜矢は一人でテーブルに座った。 眠りにつく直前、コランの心に様々な思いが浮かんだ。 悪魔は、契約者となった人間の願いを叶える為に魔法を使う。 なのに、その力を使って自分自身の願いを叶える事は出来ないなんて。 魔法も上手く使えず、子供である為に亜矢と同じ位置に立つ事も出来ない。 大好きな亜矢が、近くにいるようで、遠い――――。 亜矢の願いを叶えたい、亜矢と一緒にいたい。 そんなコランの心が生み出した、一つの願い。 「大人に……なりたい……」 願い事のように、小さく呟いた。 閉じたコランの片方の瞳から、ひと粒の涙がこぼれ落ちた。 そうして、スっと眠りに落ちていった。 朝になった。 亜矢とコランは、いつも同じベッド、同じ布団の中で眠る。 元々、この部屋にベッドは1つしかないし、コランの体は小さいので亜矢の隣の隙間に問題なく入り込む事が出来る。 それに、コランは亜矢の温もりを側で感じながら眠るのが好きだった。 亜矢は、何かいつもと違う違和感を感じて目を覚ました。 (なんだか……狭い………) 隣に眠っているのはコランだけなのに、ベッドの上がいつもより狭くて窮屈なのだ。 うっすらと目を開けた亜矢は、目の前に信じられない物を見た。 「キャアアアー!!!」 思いっきり叫びながら、亜矢は転げ落ちるようにしてベッドから離れた。 「………ん?なんだ?」 亜矢が尻餅をついた状態で驚愕している前で、ベッドの上の人物はゆっくりと起き上がった。 「ま、魔王!!あんたが、なんで隣で寝てるのよ!?」 亜矢は、ベッドの上の人物を指さしながら言う。 だが、その男は寝起きでボーっとした顔のまま、床に座る亜矢を見下ろす。 「アヤ、どうしたんだ?」 亜矢は、その声にも違和感を感じ、よーくその男の顔を見てみる。 褐色の肌、紫の髪、赤色の瞳。 一瞬、魔王と見間違えたが、魔王のような鋭い眼光も、邪悪さも感じられない。 「も、もしかして……あなた、魔王じゃないの?」 やっと冷静さを取り戻した亜矢。でも、この状況は謎だらけだ。 「アヤ、何言ってるんだ?オレはコランだ」 「えっ……コランくん!?」 亜矢は声を失い、改めてコランの全身を確認するように見る。 コランの今の姿は、年齢的には大人。亜矢よりも年上で、魔王と同じくらいだろう。 それに、声も低くなっている。 「あれ?オレ、なんか体が大きくなってる?」 コランはベッドから下りると、自分の手足を見て不思議そうにしている。 その仕草、表情、口調は全てコランのままだ。 どうやらコランは、姿だけが大人になってしまったようだ。 ご丁寧にも、コランが着ていたパジャマまで大人サイズになっている。 「どうして、こんな事に…?」 亜矢は信じられない気持ちで立ち上がると、コランの前に立つ。 コランが、亜矢と向かい合った。 (背、高いっ!!) 亜矢は驚いたが声に出さず、心で叫んだ。 コランは、亜矢を見下ろした。 まさか、コランに見下ろされる日が来るとは…と、亜矢は複雑な気持ちだ。 「アヤ、背低くなったな?」 「……あなたが大きくなったのよ」 天然なコランの発言に、亜矢はこんな状況でもいつものクセでツッコミを入れる。 コランは全身が映る大きな鏡の前に立ち、そこで初めて驚きの声を上げた。 「………これが、オレなのか!?すっげ~~!!大人になってる!!」 驚いた後、少し嬉しそうにしてコランは自分の姿を見ていた。 だが、亜矢は喜ぶどころか、不安になって深刻な顔をしていた。 「一体何が起こってこうなったのか、心配だわ。魔王に相談した方が…」 だが、コランは亜矢が言い終わる前に振り返った。 「それはダメッ!!」 亜矢は、その勢いに圧倒された。いつもより声が低いので、なおさらだ。 「で、でも……、その姿じゃ困るでしょ?」 「困らない!!」 コランは即答した。 やっと、大人になれたのだ。コランにしてみれば、元の姿に戻りたくない。 心配そうにしている亜矢に向かい合い、コランは落ち着いた口調になる。 「アヤ、これはオレの魔法の力によって変身しちゃったんだ。オレの魔法は長くは続かないから、放っておいても元に戻る」 コラン自身、その言葉に確信はない。 きっと、昨日『大人になりたい』と強く願ったせいで、知らぬうちに一時的に姿を成長させる変身魔法を自分自身にかけてしまったのだ。 それは、奇跡とも言える魔法。 「コランくん……」 亜矢は、どこか必死なコランを見て、その心に気付き始めた。 コランは、少しでも長く大人の姿でいたいのだろう、と。 「うん…、分かったわ」 亜矢がそう言うと、コランはパっと明るい笑顔になった。 姿は大人でも、根本的な所は全てコランのままなのが、面白おかしい。 「ありがとう、アヤー!!」 「きゃー!?」 コランがおもいっきり抱きついたものだから、亜矢は思わず叫ぶ。 いつものコランなら亜矢の腰あたりに抱きつく形になるのだが、今は大人なので逆にコランの体に包まれて抱擁される形になってしまう。 「じゃあ、アヤ!出かけようぜ!!」 「えっ!?今日は家で大人しくしていた方が…」 大人のコランと一緒に出かけるには、さすがに不安要素が多すぎる。 この青年がコランだと説明しても、誰にも信じてもらえないだろう。 「アヤ、今日は一緒に遊んでくれるって言ったよな?」 亜矢は、期待の眼差しを向けて楽しそうに笑うコランを見て、全ての不安など吹き飛ばしてしまうような眩しさを感じた。 これこそ、コランのペース。普段から、亜矢はそんなコランに甘い。 「うん。じゃあ、出かけようか。あっ………」 亜矢は服を着替えようとしたが、その視界に映ったコランを見て、顔を赤くした。 「えっと……着替えるから、コランくんはあっちの部屋で待っててね」 「うん?」 コランは不思議そうにして返事をすると、寝室から出て行った。 いつもなら、コランが部屋に一緒に居ても着替えは普通に出来るのだが。 今の彼の姿は、子供ではない。さすがに、目の前で着替えるには抵抗がある。 (やっぱり、調子狂っちゃうなあ……) 着替え終わって部屋を出ると、コランも余所行きの服装に着替えて待っていた。 「あら、その服って?」 亜矢の家には、もちろん大人の男性が着れるような服は用意されていない。 コランは、無邪気にニッコリ笑う。 「魔法で着替えたんだ!これ、兄ちゃんの服!サイズもピッタリだぜ!」 だが、亜矢は別の事を思った。 (魔王の服、勝手に借りて大丈夫なのかしら……) 思わず、思考と問題がズレる。 そうして二人は外へ出ると、近所の繁華街へと向かって歩き出す。 いつも一緒にこの道を歩いているはずなのに、いつもと違う。 何故か、すごくドキドキする。 亜矢は、隣を歩いている長身のコランを時々チラっと横目で見る。 「オレ、一度アヤと『デート』してみたかったんだ!」 「なっ!?」 突然のコランの発言に、亜矢は大げさにリアクションしながら声を上げた。 「コランくん!その言葉、どこで覚えたのよ……もう」 「えへへー♪」 コランはただ、ニコニコするだけだ。 だが、次にはまた、亜矢は驚きに声を上げた。 「こ、コランくん、手っ……!!」 コランが、亜矢の片手を握ったのだ。 亜矢は、動揺しながらコランを見上げるが、コランはキョトンとしている。 「なんで驚くんだ?いつも手つないでるじゃないか」 言われてみればその通りなのだが、今は状況が全く違う。 だが、コランの瞳は相変わらず純粋だ。拒む理由だって、何もない。 「………うん、そうよね」 落ち着いて、この人はコランくんなのよ…!と自分自身に言い聞かせ、亜矢はいつものようにコランの手を握り返した。 だが、いつもと違うコランの手の平はとても大きくて。 握り返すつもりが、逆にコランの手に包まれているのだ。 何気なく手を繋いでいるだけなのに、いつもと同じ事をしてるだけなのに。 亜矢は、コランの仕草1つ1つを意識して見るようになっていた。 元々、コランは愛情表現がストレートであり、純粋なまでに真直ぐだ。 その1つ1つに照れてしまい、恥ずかしく思ってしまう。 亜矢には、自覚がないのだ。 今、自分の眼の中でコランを一人の青年として映している事に。 亜矢とコランは、お昼にレストランに入った。 「今日はコランくんとのデートだもんね、奮発よ」 「わーい!」 その子供っぽい反応が今の姿とアンバランスで、亜矢はクスクスと笑う。 テーブルに着くと、ウェイトレスが注文を受けに来た。 「ご注文は何になさいますか?」 するとコランはメニューを開きもせず、即答した。 「お子様ランチ!!」 亜矢は、思わず頭をテーブルに突っ伏しそうになった。 「え~と、そのご注文は小学生以下のお子様に限らせて頂いてまして…」 明らかに戸惑っているウェイトレス。 大の大人が、真面目な顔してお子様ランチを注文する姿は異様だろう。 だが、コランは今の自分の姿を忘れているのか、ちっとも気にしていない。 「なんで?オレ、前にソレ食べたぜ?」 亜矢が、慌ててコランの言葉を遮る。 「えっと、Bランチ2つお願いします!!飲み物はアイスコーヒーで!!」 勢いよく早口で言うと、亜矢はフウっと息をついた。 「コランくん、勝手に注文決めちゃったけど、あれで大丈夫よね?」 今のコランは、きっと食べる量だって普通に大人並だろう。 Bランチはお肉の料理だし、お肉大好きなコランは好んで食べるだろう。 そんな亜矢の気遣いに気付かないコラン。 「びぃーランチって………おもちゃ付かないのか?」 あっ、となって亜矢は口を開ける。 コランは、お子様ランチに付くおもちゃが欲しかったのだ。 見た目は青年と女子高生なのに、端から見ればこの会話はかなり異様である。 そうして、テーブルに運ばれてきたBランチ2つ。 飲み物は、亜矢が勢いで注文してしまった為に二人ともアイスコーヒーだ。 お子様ランチに執着していたコランも、いざ肉料理を目の前にすると、嬉しそうにして夢中で食べ始めた。 そして、あっという間に一人前を平らげた。 「オレ、こんなに沢山食べたの初めてだぜ!」 コランは満足そうに言うと、次にアイスコーヒーを一気に飲んだ。 だが、そこでコランの動きが突然ピタっと止まった。 亜矢は不思議に思って、自らの動きも止めてコランを見る。 「アヤ~~、これ、苦い………」 コランは、コーヒーを飲むのは初めてだったのだろう。 顔をしかめるコラン。亜矢は思わず吹き出して笑った。 「ほら、ミルクとお砂糖を入れて。これなら飲めるでしょ?」 「うん…。でもまだ苦い…」 急に大人の姿になったかと思えば、中身はいつものコランで。 やっぱり大人にはなりきれなくて。 コロコロと表情を変えるコランは、見ててとても面白い。 いつものコランと変わらない所。 それは、何よりも『一緒に居て楽しい所』だろう。 その後、二人は買い物をしたりして時間を過ごした。 いつもと変わらないお買い物コースも、今のコランにとってはデートコース。 夕方になり、繁華街の路上を歩いていると、二人に近寄ってきた男がいた。 「お嬢さん、カラオケどうですか?」 どうやら、カラオケ店の客引きらしい。 いつもなら亜矢はこういった勧誘は軽く流すのだが、次に男はコランの方に視線を向けた。 「そちらの彼氏とご一緒に、どうですか?」 「はあっ!?」 亜矢は、思わず声を上げて足を止めた。 コランは、キョトンとしている。 (彼氏って、コランくんが!?) 「ち、違いますから!………コランくん、行こう!!」 亜矢は逃げるようにして、早足で歩き出した。 大人になったコランは、早歩きの亜矢にも余裕でついていける。 (び、びっくりしたわ……!!) まさか、コランが自分の彼氏に見られるなんて。 心臓をドキドキさせながら、前方だけを見て上の空でいると、コランが急に亜矢の片腕を掴み、引張るようにして先導し始めた。 「アヤ、あっちに行こう」 その力強さに亜矢は我にかえり、コランの顔を見上げる。 その顔があまりにも真剣だったから、亜矢はさらに心臓を高鳴らせた。 コランのこんな顔は初めて見た。 いつも、元気いっぱいで笑顔のコランが、真剣に、前だけを見て。 そうして、コランに誘導されてやって来たのは、自宅近くの公園。 ここもまた、いつもコランと一緒に散歩して歩く場所だ。 池の鯉などを眺めたりして歩いた後、歩き疲れてベンチに並んで座った。 だが、コランはさっきから無口だ。 一体、どうしたのだろうかとコランの顔を覗くように見ると、コランが真直ぐな瞳を向けて亜矢の顔を見返した。 「オレって、アヤの『カレシ』に見えるのか?」 「え、えっ!?」 亜矢は、ただ驚きの声を返すしか出来なかった。 コランは幼い割に、けっこう色々な言葉を知っている。 まあ、あの魔王の弟なので、不思議ではないのだが。 だが、いつものコランの姿で言われるなら笑顔で軽く返せる言葉も、大人の姿で言われると……どう返していいのか分からない。 「アヤ……」 コランは、体全体を亜矢の方へ向けて、向かい合った。 「え…?」 コランの顔を見上げる。 ルビーのような綺麗な瞳で、そんなに真直ぐ見られると… 彼から視線がそらせなくなる。 「今……オレにもう一度、契約の証をくれ」 「!?」 亜矢は瞳を大きく開いた。 悪魔との『契約』とは、『口付け』の意味を表す。 言い換えれば、コランは亜矢に「キスしよう」と言っているようなものだ。 「え……!?だ、だって、コランくんとは、前に契約したでしょ?」 亜矢はコランの瞳を見つめたままだったが、その口調には動揺が表れている。 亜矢とコランが初めて出会ったあの日、確かに二人は口付けをした。 事故とは言え、それが悪魔であるコランとの契約の証になったのだ。 だが、コランは少しも瞳をそらさず、亜矢の両肩に手を添えた。 「ずっとアヤと一緒にいて、ずっとアヤの願いを叶え続ける。その為の、契約の証だ。……いいか?」 それは、『誓い』という名の口付けだと言うのだろう。 どうしてだろうか、姿だけが大人になったと思ったのに、今のコランの言葉はだんだんと大人びていく気がする。これも、魔法の効果だろうか。 純粋なコランは、言葉を飾ったりはしない。 だからこそ、その思いは亜矢の心に響くのだ。 「アヤ……好きだ」 いつものコランに対してなら、「あたしも好きよ」と亜矢は笑顔で言えるのだが、今は言葉にならない。 コランの事は、もちろん好きだ。でも、今はその言葉1つの重みが違う。 コランの言う『好き』に応えるには、今の自分の言葉だけでは足りない気がして。 亜矢は返事の代わりに、静かに目を閉じた。 コランが亜矢の肩を引き寄せ、口付けようと近付けた、その時。 ポンッ!! 目の前で軽い爆発音が聞こえ、亜矢は驚いて目を開けた。 だが、目の前には誰の姿もない。 ふと視線を少し下に落とすと、ベンチの上にチョコン☆と座る子供の姿。 元の、子供の姿に戻ったコランだ。 コランの変身魔法の効果が切れてしまったのだ。 コランは目をパチパチさせた後、自分の体を見回した。 そうして、シュン、と残念そうに肩を落とした。 「元に戻っちゃった………」 残念どころか、今にも泣きそうな顔をして瞳を潤ませているコラン。 亜矢はようやく心を落ち着かせると、優しく微笑んでコランの頭に手を乗せた。 コランが少しだけ顔を上げる。 「さっきの続き、ね」 そう言って亜矢は、そっとコランの額に口付けた。 「アヤ……?」 コランは、瞳に涙を溜めている。 「あたしの願いはね、コランくんと一緒にいられるだけでいいの」 コランは、ようやくいつもらしい笑顔を向けた。 「うん、オレの願いと同じだぜ」 顔を見合わせ、二人はニッコリと微笑んだ。 「それに、今のままのコランくんだって充分カッコイイわ」 「ホントか!?えへへー♪」 亜矢は立ち上がると、コランに向かって片手を差し出した。 「帰ろう、コランくん」 コランは小さな手を伸ばし、亜矢の手を握った。 オレンジ色の夕日を背中に受けた亜矢を見上げ、コランは赤の瞳を少し細めた。 「うん」 手を繋いで、二人は優しい夕日に包まれた公園を歩いた。 今度は、亜矢がコランの小さな手を包むようにしっかりと握って。 マンションの自室へと帰りつくと、部屋ではグリアが不機嫌極まりない顔をして座りこんでいた。 「あら死神、来てたの」 亜矢はグリアを見ると、特に驚く様子もなく言った。 グリアが勝手に部屋に上がりこむのはいつもの事なので、怒りという感情はとうの昔に通り越したのだ。 どうせまた、夕飯をたかりに来たのだろう。 「遅えんだよ!どこほっつき歩いてやがった」 偉そうに、まるで亭主のような言いっぷりだ。 コランはパタパタと小走りでグリアに近寄った。 「アヤとデートしてたんだぜ!!」 コランがニッコリと笑いながら、堂々という。 「ああ?何言ってんだ、ガキが」 空腹の為に不機嫌なグリアは、コランを相手にしない。 今日の出来事を、グリアは知らないのだ。 「オレ、ガキじゃないー!!」 コランがムっとして言い返す。 「もう、ケンカしないの!すぐに夕飯作るから、待ってて」 子供のケンカをなだめるように亜矢は軽く一喝するとキッチンへ向かう。 だが、そんな亜矢の片腕をグリアが強い力で掴んだ。 「なによ?」 亜矢が振り向くと、目の前には綺麗すぎる死神の顔が間近に迫っていた。 「腹も減ってるが……その前に、口移しだ」 「えっ…ちょっと、やめてよ!」 迫り来るグリアに、亜矢は顔を赤らめながらも抵抗する。 目の前にコランもいるというのに。 いつも、状況を構わず口移しをしてくるこの死神に腹を立てながらも、完全に抵抗出来ない立場にあるのが悔しいというか、悲しい。 だが、そんな二人を見て何を思ったのか、なんとコランは走り寄ってきたのだ。 「死神の兄ちゃん、ずるいー!!オレもアヤに口移しする!!」 「えっ!?コランくん!?」 どうやら、今日一日の出来事でコランの中で何かが目覚めたようだ。 ついでに言うなら、グリアのせいで『口移し』という言葉を覚えてしまったらしい。 ただ、コランは『口付け』と『口移し』の違いと意味を分かってはいないだろうが。 「なんだ?ガキは引っ込んでな!!」 「ガキじゃないってばー!!アヤ、オレが先だ!オレが先!」 「ちょっ…!もう、いい加減にしてよ、二人とも!!」 さすがの亜矢も、こうなっては事態を収めるのが大変だ。 『契約』にこめられた、小悪魔の願い。 『口移し』にこめられた、死神の野望。 完成したはずの亜矢の『魂の器』ではあるが、二人分のそれを受け止めるには……… 器がいくつあっても足りなさそうだ。
/47ページ

最初のコメントを投稿しよう!

102人が本棚に入れています
本棚に追加