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二人の未来
師匠も走ると言われる師走。
番となってから六年経った允と結城も、それなりに多忙を極めていた。
「ふぅ……」
「お疲れ様。何か飲み物でも用意しようか?」
「炭酸水がいいな。レモンを搾ってくれると尚嬉しい」
「了承しましたよ、社長」
ソファにぐったり凭れた允に揶揄を含めた言葉を返し、結城はキッチンへと向かう。背後ではクスクスと笑う允の声が聞こえてくるが、今日の謝恩会では随分と紘に飲まされたようだから致し方ないだろう、と諦める。
結婚してすぐに允が購入したワンフロア二軒しかないマンションのキッチンは、アイランド型で広々とスペースがあり、収納も多く、とても使いやすい。
基本的にはカフェオーナーをしていた允が腕を振るう場所だが、この六年で結城も允の手ほどきでそこそこ料理はできるようになっていた。
(……あれから六年かぁ)
ゴブレットに氷を数個入れ、ペリエを注ぎながらこの六年に思い馳せた。
ベータからオメガになって初めての発情はほぼ一週間ほど続いた。途中、允が軽食を作って食べさせてくれたが、殆どそれについては記憶がない。
結城の記憶の大半が、ずっと允が繋がってる情景ばかりだったからだ。故にアフターピルを飲む隙すらなく、結城の腹の中には絶え間なく允の精液で満たされた状態だった。
途中何度か正気に戻り、無断欠勤した事実に顔を青褪めた結城だったが、いつの間にか允から兄の紘へと連絡を入れていたらしく、いつものようにヒート休暇として扱ってくれるとの事だった。
それに便乗して允が盛ったのは言うまでもない。
蜜月期間中は、ずっと允に生活の全てを介助されていた。
食事も風呂も、そして排泄も。流石にトイレは自分で行きたいって言った結城だったが、『足腰が砕けてる状態で一人で行ったら怪我してしまうよ』とそれは良い笑顔で言い放ち、しかも本当に自立歩行もできなかったのもあり、泣く泣くお世話になってしまった事実は、記憶の彼方に飛ばしてしまいたい出来事である。
ヒート自体は一週間で治まったものの、そこから更に一週間程休職する羽目になった。允が離してくれなかったのだ。
結城は紘に救助の手を求めたが。
『あー、うん。予想はついてたけど、やっぱりかぁ。どっちみち番になった報告をうちの両親や結城の両親に話しないといけないし、タイミング良く秋期決算も終わって落ち着いたし、允の副社長就任も件もあるし、それこそ結婚式やら色々話し合わないといけないよね。結城、けっこう有給残ってるでしょ。それ全部使って面倒臭い案件全部終わらせてから出社して』
逆に檻に放り込まれたのだった。
なにがなんだか状況も把握できないまま、秋槻のご当主夫妻と結城の両親と共に会食をする事になった結城は、そこでもまた自分が知らなかった内容を耳にする事になる。
『ようやくまとまってくれたか。まさか実の息子に脅されるとか心臓に悪い。もう二度とこんな事は許可しないからな、允』
『本当良かったわ。結城君が允を引き受けてくれて』
『秋槻家と三兎家の取り潰しがなくなって良かったですね、当主。どうなる事かずっとハラハラし通しでしたから』
『ベータからオメガになったとしてもあなたは私達の息子よ。結城、幸せになってね』
不穏な会話が次々と飛び出て、一体允は彼らに何をしたのか、とじっとりと睨む。咎められるのを予想したのか、允はそっと結城から目を逸らし、淡々と食事をしているのを見て、これは問い質し案件だな、と心に決めたのだった。
結局、さんざん怒ったり泣いたりと脅した結果、渋々ながら允が吐露したのは。
結城と離れた事により、允の中学時代はかなり荒んだ状態だったそうだ。そんな中、寒川家の次男と出会い、允はとある実験の被検体として自分と結城をサンプル提供したらしい。その結果できあがったのがあの蜂蜜で、結城がオメガ化した事により、一定のデータを得ることができたそうだ。その結果、秋槻家に寒川の後ろ盾がつき、近々新たに寒川と提携の会社が作られるとの事。
允はその会社の社長として収まるまでの間は、紘の下で副社長として就任し、結城も社長付きから副社長付きへと人事異動があるとの事だった。
たかが自分一人を捕まえる為に、ここまで壮大な計画を立てていたとは。
がっくり項垂れる結城を、允は囲うように抱きしめ。
『順番は逆になっちゃったけど、僕と結婚してくれますか? 三兎結城さん』
囁くような甘い声でプロポーズをしたのだった。
「はい、允」
そう言って允にゴブレットを渡す。シュワシュワと炭酸の弾ける音と共にレモンの爽やかな香りと甘い香りが広がる。
「ん? これ……」
允はクンとグラスに鼻を寄せ、眉間に皺を寄せた。
「心配しなくても、それは允の蜂蜜じゃない。昨日俺が買ってきたニセアカシアの蜂蜜だから」
「……そう。良かった」
明らかにホッと怪訝な顔を弛緩させ、允が小さく呟くのを耳にし、結城は口元を綻ばせる。それはそうだろう。結城が買ったニセアカシアの蜂蜜は、允が昔結城をオメガ化する為に使用していた蜂蜜を同じ香りだったのだから。
ただ花の蜂蜜とは違い、允のそれは、匂いを凝縮したものだった。甘くドロリとして結城を搦め取る允のフェロモンの匂い。
允は再び結城がベータに戻るのが不安なのか、定期的にあの蜂蜜を摂取させている。
寒川の研究所の話では、一度バースが変わったら二度と反転する事はないと説明を受けているようだが、自分が結城の運命を変えてしまった事やベータからオメガになった事実が、結城が思っている以上に允の心に深く刺さったトゲとなっているらしい。
「大丈夫だから、允」
「え?」と顔を上げた允の唇に触れるだけのキスを落とす。
「もしベータに戻ったとしても俺が允から離れる事はないから。というか、子供が二人もいるのに、今更別れるとかありえないだろう?」
「それはそうだけど……」
允はパチパチと青い瞳を瞬きさせ、一瞬の間の後そっと目を伏せる。まるで叱られた子供のような表情だ。知略的で威風堂々と立ち振る舞う社長としての允からは想像できないような弱々しい姿。それは結城だけに見せる彼の本当の姿だった。
(ある意味この現状は俺もずっと求めていたものだし……)
允は知らないだろう。結城は自分だけに見せるその姿を目の当たりにする度、愉悦に満ちていた事など。
強引に事を進める幼馴染同様、結城も允が欲しかった。
彼の周りにアルファやオメガが集まり賞賛する輪から外れ、ベータである自分がもどかしく、何度オメガだったらと神様に懇願した事など知らないだろう。
だけどベータの壁は消え去り、今はこうしてオメガとして允の妻として傍に居る。それが真実で真理だ。
彼が安心するように額や頬、それから唇に口づけを捧げる。次第に情欲に烟る吐息が漏れ、微かに香るアルコールの匂いに結城も酔ったような気分となる。
「……ん、そろそろベッドに行く?」
「そうだな。明日も早いし、子供達は三兎の親が看てくれてるし」
「じゃあ、今日は一回だけで我慢する」
「二回までなら許してやる」
物語のお姫様のように抱き上げられ、今度は拗ねる允が結城の顔にキスの雨を降らせる中、少しだけ甘い顔を覗かせる。年末は仕事も多忙にも拘らずパーティもそれなりに開催されるのもあって、なかなか允を肌を合わせる機会がなかったのだ。
允も欲求不満だったかもしれないが、結城も同じく允を欲しく思っていた。
「あ、でも、本当に二回だけだぞ。明日の寒川のパーティは上級アルファのコミュニティ所属全員が揃うんだし、ドタキャンは拙いんだからな」
「分かってる。その為にも結城が僕のだって、いっぱいフェロモン付けておかないとね」
あ、これは二回では済まなさそう、と結城は内心冷や汗をかいたものの、允の体温と甘くドロリとしたフェロモンに包まれながら抱かれるのが好きなので、そっと首に腕を回し「手加減してくれよな」と唇を重ねたのだった。
end
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