泡沫

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泡沫

あれから二週間。 見慣れた文字が枠の半分を埋める離婚届は、まだ私の手元にある。 あの時夫が置いていったそれに、私はまだ何も手をつけられていない。 見たくないのにその存在を忘れることも出来ず、リビングの引き出しの一番上に入れたまま。 考えるべきことは夫とのことだけではない。 病気のこともある。 きちんとした検査を受ける為に、来週から入院することになっている。 短期の検査入院だから、付き添いや洗濯の心配もいらない。 検査結果次第で、今後の治療の方針を決めると医師が言っていた。 正直怖い。知りたくない。 この若さで自分の“死”と直面するようなことになると思わなかった。 一人でいると夫とのことを考えていない時は、気付いたら指が勝手に病気のことを検索しようとする。 調べれば調べるほど怖くなって、家に居る時はスマホの電源は落とすことにした。家の固定電話もあるから問題無い。 夜はほとんど眠れなかった。 浅い眠りを繰り返し、夜が明けるまで孤独と恐怖に(さいな)まれる。 少しでも体を動かせば深く眠れるかと思い、パートの後に散歩に出る。そして最後にこの公園でひと休みしていると、彼がやってくるのだ。歩き疲れてぼんやりとしている私に、後からやってきた彼が声をかける。 気付いたらここ十日ほど、ほぼ毎日続いていた。 最初は挨拶だけだったものが、天気の話になり世間話になり、立ち話が座り話になり。そして今夜。公園のベンチに座り他愛もない話をしている。彼はコーラ、私はアイスティを片手に。 二回目に出会った時にお礼がてらジュースを奢って以降、なぜかお互いに飲み物を交互に奢り合うようになっていた。 気付いたら、黄昏色をしていた空は真っ暗で、耳が痛くなるほど響いていた蝉の合唱は止んでいる。 手に持っている飲み物が無くなるまで―――それが私たちの“井戸端会議”のタイムリミット。
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