幻影

2/2
前へ
/11ページ
次へ
「おひさっすね!」 勢いよく降ってきた声の方を振り仰ぐと、そこにはあの彼が。 膝を抱えて蹲っている私を見下ろす彼の瞳が、みるみる驚きに変わっていく。 「ひさしぶ、り」 「いやいや。『ひさしぶり』じゃなくって。どうしたんですか!なんかあったんっすか!?」 なんでもない、放っておいてほしい。今の私には君をかまう余裕なんてないのよ。 なのに彼は言う。「泣いてる女性を放っておけるわけない」と。 やっぱりいい子。でもいい子過ぎるわ。 そんなに“いい子”だと、悪い女に騙されるわよ―――私みたいな。 「じゃあ、君が慰めてくれる?」 伸びあがるようにその薄い唇に自分のものを重ねた。 自分が何をしているかなんて考えなかった。 ただ胸が痛くて痛くてたまらなくて、どうにかなりそうで。 この痛みが和らぐなら、毒でも幻でもなんでもいい。 唇に触れる柔らかな感触に、「たすけて」と叫び出したくなる衝動が薄らいだ。 瞼を持ち上げると、目を見開いた彼の顔。 ばかね。こんな女、突き飛ばしてしまえばいいのに。 ほんと、いい子。 合わせた唇を少しだけ浮かして、私は言った。 「一緒につくる?―――夏の思い出」 そして今度はもっと深く彼に口づけた。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

201人が本棚に入れています
本棚に追加