陽炎

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頬を伝う涙を拭って、しゃがみ込む。 癇癪を起して八つ当たりした財布を拾い、グズグズと鼻を鳴らしながら小銭を拾い集める。拾った十円玉と一円玉の砂を払ってから財布に戻すと、側溝を覗き込んだ。 五百円玉一枚、百円玉三枚、そして指輪。見事に銀色のものばかり。 側溝の前にしゃがんで、両手でそれを持ち上げてみた。 「お、重い………」 どうしよう。ビクともしない。 神様が諦めろと言っているのかもしれない。八百円も、結婚生活も――― 側溝の中を見つめながら、そんな考えが頭を過った時。 「あの……」 背中から声が聞こえに振り向いた。 「やっぱり、こないだのお姉さんだ」 「あなた……この前のおばあちゃん子くん」 声をかけて来たのは、三日前のあの子。 「奇遇ね。でもちょうど良かった。この前の飲み物代、会ったら返そうと思っていたの……」 そう思って財布に小銭を入れて持ち歩いていた。 「だけど………」 折角会えたのにこの有様。 「小銭、全部ばらまいちゃって……」 彼の視線が私と同じところを向く。 財布を出したら小銭をばら撒いてしまったうっかり者を装って、やんなっちゃうわ、と肩を竦めてみせる。 すると、彼は小さく「ドリンク代はいいんすっけど」と言って、おもむろに側溝の網に手をかけた。 「よいっ、しょっと!」 あんなにビクともしなかった網が、持ち上がっている。 男性にしては細身な彼の体に、一体どこにそんな力が秘められているのだろうか。 手首から肘にかけて浮き上がった筋に、思わず見入っていると、「早く取ってください」と言われ、慌てて落ちているものに手を伸ばす。 五百円玉と百円玉に挟まれた指輪もすばやく回収し、財布に戻すフリをして薬指に通した。 どうしてあの時、私は指輪を財布の中ではなく薬指に戻したのだろうか。
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