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「たまには彼女とデートでもしたらいいのに」
夏休みなのに毎日バイトばかりだとぼやく彼に、ついそんなことを言うと、別れたばかりだと返ってきた。
元来私はズバズバと思ったことを言ってしまう性格で、よく『見た目と違う』と言われる。
この年になって性格が変わるわけではなく、夫も私のこんなところがきっと嫌になったんだろう。
真横に伸びた眉を下げ項垂れた姿が可愛くて、「まだ乾いてないの」と笑ってしまう。
やっぱり「余計なお世話だ」と叱られた。
ちょっと無遠慮過ぎたと反省しつつ、「余計な世話を焼きたくなるのはおばちゃんの証拠ね」と自虐を込めつつ謝ると、不服そうな顔のまま「おばちゃんとは思っていない」と返ってきた。
なんていい子なの。
そんなにお人好しだと、そのうち悪い女に騙されないか心配ね。
心の中だけにしまっておけば良いものを、勝手に口が動いてしまう。
思ったことをすぐに口にするのが、私の悪い癖。分かっているのに治らない。
だから返り討ちにあっても、それは私が悪いのだ。
「他人事だと思って………、そっちこそどうなんっすか?」
「え?」
「旦那さんの晩飯とか大丈夫なんすか?」
左手に視線を感じ、思わずギュッとプラカップを握る手に力が入った。
「こんなところで俺と喋っててばっかで。旦那さんに叱られるんじゃないすか?」
彼は薄い唇を片方上げにぃっと笑ってから、手に持っていたコーラをあおった。
確かに去年の夏は、この時間には一緒に食事を取っている時間だった。
だけど今。そんな日々は泡沫のように消えていこうとしている。
「叱ってくれるなら、良かったのに………」
小さな呟きは重く胃の底に落ちて行き、私に現実を思い出させる。
隣に座る彼と話している時間は、私にとっては唯一心和む時間。
それもただの現実逃避。本当に欲しい時間はもう二度と戻ってこない。
横から視線を感じ、そちらを見ると優しい“おばあちゃん子”君と目が合った。
伺うような心配そうな瞳に、「なんでもない」と笑ってみせた。
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