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しかし兎にも角にも本が多い。とんずら目論む足元の、見え見えの罠につまずいてしまうとは情けない。
いよいよ緊急事態だ、仕掛けられたロープの輪っかが瞬時に片足首に食い込んで、天井に引き上げられて、上下逆さまの宙吊りになって、バンジーのようにブラーンブラーンと揺れる前には逃げ出さないと、危険だわ。
そうして焦ったアタシが更に立てた大きな物音のせいで、谷サンは完全に目を覚ましてしまった。
まずいわね、起き上がってこっちに向かって来る。来ないでよね、むしろ来るな、来るなーっ、来たーっ、キャーッ
□
「ご、ごめんなさい」
「何ちゅうポーズしてんの」
頭を庇う条件反射には、我ながら辟易する。けれども谷サンはアタシを素通りして、崩れた本の一角を修復した。
修復、と言うか、その積み重ね方はあまりにゾンザイだ。どうやら置き場所にはこれっぽっちも拘りが無かったらしい。
「俺、さっき何か言ってた?」
取り越し苦労と知れたアタシは、自分自身に呆れて首を横に振っている。
「そうか。そういやお前は何て名?」
「名前? 好きに呼べば」
「バレるとまずいのか」
「アヴァターには好きな名前つけるでしょ」
「アヴァターとは?」
「神の化身よ。本体の身代わりって感じかな、夜の慰めにはお手頃だし、アタシだって居座るつもりもないし」
「よく喋る奴だ」
「あら、無口がタイプ? アヴァターはカスタマイズできるから好みを教えてね。アタシもその方が楽」
「チッ、神どころか飼い犬だろ。ご主人様の趣向が分かりやすいってか」
「それもあるけど、んー」
「いきなり無口か、この野郎」
「じゃあ言うけど。んー、んー」
「お前、結構面倒くさいな」
怒られるのは嫌だ。やむなく声を潜めて白状することにした。
「本名を他人に知られたら、魂とられるからさ」
20年前のヒトミのようにね、とは流石に伏せた。
でも谷サンはあっけに取られた顔をした。それがどうしようもなく残念だった。
アタシの故郷の常識を知らなくて、何が物知りってことだ。ヒトミの惚気話なんて、犬も食わないわ。
「嘘じゃない。魂、とられてみる?」
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