2。神の化身

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気分ではなかったけれど、アタシは着ているシャツを大きく捲り上げた。 警告はしたのだ。厄介なゴミを持ち帰ったと今ごろ後悔しても遅い。胸の谷間に位置する赤と青、二色の痣が谷サンの視界に入ったはず。 「ねえ、先に谷さんが本名を教えてよ。もちろんフルネームで」 他人に名前を聞くならまず自分から名乗れって寸法。アタシは紛い物の乳房を見せつけ首を傾げて、はにかんだ。哀れな道化にはこれで充分だろう。本名を叫びながら飛びついてくる輩もいる、というか、いた。 □ ところが目の前の男は誘いに乗ってこない。 「タトゥー……じゃねーな、痣なのか? こんなリアルな形の痣には、 ……タトゥー以上の意思を感じるな、呪術的な」 というか、このアタシのアピールが全く通じてないとは、もしや、ま、ま、真面目か! 「しかもこの蝶の翅は、雌雄モザイクだ。へえ」 虫取り網を担いだ少年か? 昆虫綱チョウ目フェチか? 成人男性の抱く関心がそんなことでいったい大丈夫なのか? アタシも本気じゃなかったとはいえ、反応を明後日の方角に向けられると、ねえ。 「自信失くすわ」 「なぜ」 「もういい。だったらどうしてアタシなんか拾ったのよ」 恨み節を溢すついでに、そうだ、この朴念仁を綺麗な心で綺麗な街、を謳う老舗ボランティアに推薦してやろうか。 朴念仁? ふふ……あまりにぴったりな名前じゃないか。しばらくアンタを朴念仁と呼ぼう。 ってアタシもたまには良いこと言うわね。 そそくさとシャツを整え胡蝶を仕舞い込んで、… ただし。 朴サン? 「意思」の件は褒めてあげる。 この痣の主は胡蝶。アタシ以上の意思を持ち、アタシを制御する。実際「呪術的」かもしれない。アタシはこの痣を生かすだけの理由でヒトの魂を食べている。 剥き出しの欲動に理由はないし、だから自制など効かない。朴氏の本名を知るやいなや、魂をいただいただろう。 難を逃れた男は呑気に本を撫でているけど。 世捨て人風情で、掴みどころがなさ過ぎ、ヒトミがこんなんのドコに惹かれたのか見当もつかない。 でもそんなことより、ほっとしている自分に気づいて驚いた。 このまま胡蝶が起きなきゃいいって、何だこれ。本名なんて後でいいとか、生温かい空気にもやもや包まれて、それでいて悪くない気がしてる。 ああ、考えるのが面倒な時は全部熱帯夜のせいにすればいい。 ヒトミはそんな女だった。
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