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私の頭を撫でていたパーメオがきっぱりと言う。
「誰にでも無闇に本名は、語らないものよ」
「聞かれたから言ったのに?」
「アタシの故郷では名を隠す。そうでないと妖怪に魂を食べられると言ってね」
片方の口角を引き上げた顔があまりに妖艶でゾクリとした。
妖怪? まさかね。真に受けるなんて飲み過ぎだ。なんて後悔する猶予もなく私の身体はあっという間に猫姉さんの豊かな胸に引き寄せられていた。
真っ赤な唇が容赦なくライムの効いたジンを私の喉に流し込む。飽和状態のアルコールにむせた私は、非難より何より乞うことしかできない。
「水、を」
「あらやだ、店じまいの時間だわね」
聞こえよがしに咳をするのに、パーメオは気にかけるそぶりすら見せない。しかも私を放って店外へ出た。
看板の電気を消しにでも行くのだろう。異文化コミュニケーションなのを差し引いても、だ。何やってくれちゃってんのと恨みがましく口を拭う。視線を落とせば、影が店主を追って床を這って行った。
影の動きにひらめいた。
そうだ、都市の人口分布図を100年分くらい一気に床に映し出してみればいい。超高速で原画をめくるアニメーションの原理で。そしたらエリアの輪郭は音もたてないアメーバのように西へ西へゆっくり形を変えてうごめいていくはず。
やはり都市は生き物なのだ。
確信したその時、ふいに胡蝶の夢のBGMが消え、まっ暗闇になった。
窓のないビルの密室、閉店するのは勝手だけれど、私という客の存在もパーメオの中で消されていたとは。
さあ帰ろう。谷さん、きっと心配してる。
メール文を打ちながら、酩酊する頭で西ってどっちだっけと帰り道を考える。でも考えがまとまらない。なんだかゆらゆらする。力が抜けて膝が崩れる。酔ってるから?
それもある。でも音もなく戻ってきたパーメオに、背後から抱きしめられていた。
やはり麻痺している。理由とか、私のどこがいいのかなんて、探すのも早々に諦めた。猫姉さんの気まぐれだ、知ったところで現象は何一つ変わらない。極上のマッサージと、オプションの湿った舌もひんやりして心地いいのに、拒む必要なんてある?
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