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痩せ型の作業員が、回収を済ませ「チッ」と神経質な舌打ちをした。
置き去りになったゴミはもうアタシ一人か。いじけて膝をギュッと抱えると、足の甲にアリが這い上がっている。その先に甘い餌はないというのに。
ふいに作業服の長袖が差し伸べられた。それを王子様の手と錯覚して反射的に我が手を重ねる。王子は破格の待遇でなんと姫を助手席に押し込んだ。運転席の表情を伺うやいなや、男はアタシの頭にぶかぶかの作業帽を被せ、トラックを急発進させた。
「頭、ちっさ。いや、奴がデカ過ぎんのか」
察するに、どっかの誰かの帽子だ。縒れたひさしに手をかけたら、真横からアタシを制して目深に押し込む。ひゃっ!
「顔晒すな。相方がサボってんのバレたら俺もヤバい」
雑な王子め、殴るのかと構えてしまったじゃないの。
だけどなるほど、こんなアタシでも、大人しく座ってるだけで役に立てるらしい。
だったら遠慮なく、と硬いシートに腰を沈めた。程なく男が急ブレーキを踏み、身軽に飛び降りる。次の集積所に着いたのか、サイドミラーの中で王子が黙々とゴミ袋を放り投げていた。
その後も忙しなく急発進、急停止、回収作業を繰り返す。荒っぽいけど凶暴では無い気がした。ただこの作業着の中年が何を考えているのかは全く掴めない。
それを助手席で悩んでも仕方ないので、流れる景色を眺めることにした。
やがてエンジンが唸りを上げて坂道を行く。高台のあたりでビルの街が一望できた。
都市のお手本だ。建物が大きいなあ。一体どれだけの人間が暮らしているんだろう。どこも四角で、四角く仕切られた家族が高く高く空を目指して積み上がる。まるでバベルの塔の背比べ。眩しいや。
頭痛が続いてはいるが、都内巡りの新鮮な眺めが気を紛らわせてくれた。男が全く喋りかけて来ないのもよかった。
気づけば仕事を終え、襟のない私服になった男と、仲良く並んで突っ立っている。男も喋らないが、アタシも何も言わなかった。
ここは都市開発に乗り損ねた、朽ちたアパートメント。目の前の薄汚れたドアには「谷」と小さく書かれていた。
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