1。夢の島

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数多の本が男の部屋に詰め込まれている。どこを向いても本、本、本。外はビルの群像、部屋の中は重なる本が壁の四方に沿ってぐるり、色も大きさもバラバラの文庫版から週刊誌、かしこまったタイトルの分厚い本までが平積みで高く背を伸ばす。 それぞれの倒れそうで倒れない前衛的なバランスに感心していると、缶ビールを飲み干した男がアタシから離れて腰を下ろした。 「ガキの頃ってさ、ゴミに紛れてエロ本が捨ててあったんだよね」 相槌を待たず、男は一人で喋り続ける。 「初めてくすねた時のこと、まだ覚えてるよ。雨上がりの朝だった。心臓バクバク、誰か見てんじゃね? って。 自意識過剰だな、誰も他人のことなんかそうそう見ちゃいねえっつーの。んでもって家でじっくり読もうとしたらさ。 きったねえもんだよ、ページ、ガバガバにへばりついて。 でもガキにはそんなんどうでもいいんだよな、他人の使用済みだろうがよ、早よ俺に興奮よこせって必死。 今時エロ本なんて落ちてねえ。けどもっと面白れーもんが見つかる。そりゃ年取って物の見方も変わるわな。でもよ。 アイスの当たりクジ引く感覚、癖になってんだと思うんだ。やめらんね。俺んちの本、ゴミ屋の特権。全部拾い物」 大量の本の出自を説明してるようで、実は遠回しにアタシのことを言ってる気がした。そしたら合点もいく。つまりアタシはゴミの中の当たりクジってこと。それって褒めてんの? 貶してんの? 「チッ。冷静に考えたら夢の島と変わんねーな」 「夢の島? ねえ、それどこ? 近く?」 「なんだ、お前喋れんのか」 アタシには夢の島という名前が魅力的に聞こえた。憧れの東京は楽園じゃなかった。でも本当の楽園があるなら教えてほしい。一方男は大きくため息を吐き、畳に寝転がった。 「お前知らねえの? 夢の島てのは遊園地じゃねえ。たらい回しされたゴミの終着点にキレーな呼び名をつけただけ。それも遠い昔の話だ。 つか、だんまりきめこみやがって。喋れないなら喋れない方がよかったんだよ、俺としては。めんどくせーし」 「あの」 「だから喋るな」 「谷サン」 「気安く呼ぶな」 「とりあえず捨てないでください」 「そして俺に期待すんな」 「行くとこ見つかるまででいいんで」 「お前が決めるな、この野朗。埋めるぞ」 「次は地下? だわね。そんな気がしてた」 拾われて初めて視線が合った。 「お前、なまってんのな」 「あ」 「田舎どこ……とか聞く気ねえぞ。結局東京でも生きにくいんだろ? そんな奴どこに行っても同じだ、チッ」 「お願い、何でも言うこと聞くから」 「何でも? へえ。言うねえ」 男は寝返りを打ち、背中越しに言った。 「やめとけ。俺もポイ捨てするかもしんねえよ?」 「谷サンに捨てられたら、ゴミの中のゴミだわね」 「そうだわね」 やがて谷サンの呼吸は寝息となっていった。
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