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アタシだって、かなり色白な方だ。それでも羨ましかった。アタシの故郷では誰もが美白に執着する。日焼けした肌は、実りわずかな畑で一日をやり過ごす貧民の象徴。ヒエラルキーの頂点に近い人ほど、あからさまに色が白い。だからみんな競って肌色を白くする。そのためにはどんな手段でも使うのが暗黙の了解。
「ねえ、バニラ色の地図ってどんな物語?」
暇つぶしに呟いただけ、元々本にはそそられない。
たとえどんな快楽が、エロ本に勝る至高のエロが書かれているとしても、人肌から教えてもらうのが簡単だし、アタシにはそれで「充分だわ」
「○○○…」
タイミング良く谷サンが相槌したではないか。やだやだ、やっぱり寝たふりしてたの? と息を飲んで身構えるが、寝息は断続して聞こえている。
スー…スー…
なーんだ寝言かと察しがついた、と気を緩めたのも束の間。
「ひとみ…」
今度ははっきり聞き取れた。同じ名前に覚えがあるから、より明確に。
20年…も前のことだ。バーに一人で来た娘がヒトミと名乗っていた。歓楽街に不慣れなくせに生意気な口を叩くから、ついつい虐めたくなったんだわ。
でもアタシのせいじゃない。世間知らずなヒトミは自分から暴露したんだ。「久留戸仁美」ってね。ページはちょいと遡るけど。
ま、いっか。王子のクセに寝言だなんて随分奥手ね、やーらし。きっと昔の恋人の夢でも見てる、……
え? ちょっと待って。やだやだ、「谷」という名前にだって覚えがある。
でもあの娘、彼氏は読書家で物知りってほざいてなかった? 読書に精出すなんて、どうせ時間を持て余した勝ち組の貴族でしょ、まあ確かにここにも本は腐るほど、え? まさか。
狼狽えて手元から本が滑った。
この男、アタシのやらかしたことを知ったら逆上するかもしれない。いや、する。今も昔も渡る世の中邪鬼だらけ、盗られた怨みに時効なんてないからね。金銭、権力、名誉、大事にしているモノなら尚のこと、逆恨みするのは間違いない。
こんな地味アパートで寛いでる場合じゃなかったわ。揉め事は勘弁、ぶっちゃけ痛いのは苦手なのよね。
立ち上がり、軽く埃を払った。
どうもお邪魔しました。思えば「幸福の夜明け」をこんな垢抜けない男と待つなんて、愚の極み。アンタとは縁が無かった、それだけのこと。
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