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泡沫
それから三日後。バイト明けの夜七時。
何時間も立ちっぱなしで棒のようになった足を引きずるように家まで歩く。
「あ~、マジ疲れた……」
彼女に振られて夏のお楽しみが一つもなくなった俺は、半ばヤケクソでアルバイト先のコンビニ店長にシフトを増やしてもらうよう頼んだ。
ちょうど帰省時期でバイト要員が少なかったらしい。喜んだ店長は、ここぞとばかりに俺のシフトを埋めまくってくれた。
「マジあっちぃ……溶ける……」
溶けるのは手に持っているアイスなのか、俺なのか。
日が沈んで辺りはだいぶん薄暗くなっているというのに、蝉のヤツらはやたらしつこく鳴き続ける。
七日間しか生きられないのなら、少しの時間も惜しむものかもしれない。
溶けてしまわないうちに、アイスの残りを口に放り込んだ。
「あれ?」
公園に差し掛かったところで、白い塊が目の端に入った。
自動販売機の明かりに照らされた白い服。うずくまるようにしゃがむ女性。長い髪。
「もしかして………」
俺は近付いていって「あの……」と声を掛けた。振り向いたのは、思った通りの人だった。
「あ、」
「やっぱり、こないだのお姉さんだ」
「あなた……この前のおばあちゃん子くん」
「おばあちゃん子くんって……」
思わずガックリ項垂れる。
「奇遇ね。でもちょうど良かった。この前の飲み物代、会ったら返そうと思っていたの……だけど………」
言いながらお姉さんの視線が下に向く。その視線の先を何気なく追った。
「あれ?」
「小銭、全部ばらまいちゃって……」
彼女の視線の先、足元の側溝の網の下に、銀色に光るものが数個落ちている。
「自販機で何か買おうと思ってお財布を出したら、うっかり……」
やんなっちゃうわ、とぼやきながら、彼女は首を竦めた。
「べつにこの前のドリンク代はいいんすけど」
俺はそう口にすると、彼女が何か言う前に側溝の蓋を両手で持った。
「よいっ、しょっと!」
ぐっと腕に力を入れると、蓋が持ち上がる。
「え、」
「早く取ってください」
「あ、はい」
お姉さんが小銭を全部回収するのを見届けた後、俺は持ち上げていた蓋をゆっくりと下ろした。
「ありがとう、助かったわ」
「べつにたいしたことじゃ……」
「これ、この前の分ね」
そう言って彼女が俺の手に百円玉二枚を落とす。
そして「この前と今日のお礼に、飲み物おごるわ。何がいい?」と言いながら、自販機に五百円玉をカランと入れた。
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