幻影

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幻影

バイト帰りの重い足を引きずりながら、今日も俺は同じ道を同じ時間に歩いている。 何とか一歩ずつ進めながら考えるのは、やっぱりあの人のことで――― 彼女とはあれから一度も会っていない。影も形もない。酔っぱらった頭で見た幻覚だったのかもと思うほど。 それなのに、俺の頭にはあの日の失敗しみたいな笑顔が、こびりついて離れない。もう二週間近く経つというのに、脳にこびりついた画像は薄まるどころか鮮明になっていく。 友達といる時、バイトの隙間時間、風呂に入っている時―――ふとあの遠くを見つめる瞳を思い出す。バイトの行き帰りで公園を通りかかる時は必ず、自販機やベンチをの辺りを目が探してしまう。 気付いたら元カノこのことを思い出す回数がどんどん少なくなり、代わりにあの人のことばかりを考えるようになっていた。まるで頭の中の空いた隙間に侵食してくるように――― (別に気にするほどのことじゃないだろ……) 彼女は大人の女性で、俺みたいな暇な大学生とは違う。きっと何か理由があってあの時あの場所にいただけで、べつに俺に会いに来ていたわけではない。 名前も知らない。別に訊こうとも思わなかった。ちょっと顔見知りになった程度の相手だ。それは向こうも同じ。 けれど、短い間で知ったこともある。 意外と笑いのツボが浅いところ。華奢で綺麗な見た目を裏切る遠慮のない性格。意外とそそっかしいところ。そして泣きそうな顔で作る失敗したみたいな微笑み。 飲み物を手渡す時のふわりとした笑顔にもう会えないかと思うと、意味の分からない息苦しさに襲われて、気付いたらTシャツの胸元をギュッと握り締めていた。 止まりかけた足を無理やり前に出し、公園を通り過ぎようとした。 「あっ!」 思わず声が出た。 街灯に照らされ白くぼんやりと光る人。しゃがみ込む後ろ姿。長い髪。 反射的に駆け出していた。
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