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 晴れという状態の考え方は実に人それぞれである。  日本の気象庁では、空に広がっている雲の量を目視で判断し、その量が八割以下であった場合に晴れというものなのだがそのような定義の話では勿論ない。つまりその日の天気は晴れと言う者もいるだろうし、曇りであると言う者もいるであろうし――そもそもその日の天気を見ていない者もいる。  例えば、自分の部屋である地下室にいて、朝も夜も関係なくパソコンに向き合い続けているある男。 彼の完全に座りきった青竹色の目は、今日も今日とてあるパスワードの要求画面を見つめていた。その部屋で光を発している物は、その画面だけである。一応窓も存在しているが、しっかりと遮光カーテンが閉められているし、それ以前に地下であるため窓に存在意義などない。 床には足の踏み場が辛うじてあるだろうかという具合に書類が散らばっている。いや、高く積み上げられていた書類の山が崩れたことにより、足の踏み場はなくなってしまった。 壁一面に本棚が並べられており、乱雑に本や厚いファイルが詰め込まれている。 左腕側に小さな円形のテーブルが置かれていて、その上にはスポーツドリンクのペットボトルと、いくつかの飴がのっている。特に統一感の見られない部屋で、色味へのこだわりがあるわけでもない。 しかしただ一つだけ彼の意図が感じられる物があった。それは彼が腰掛けている椅子。全体の骨組みが屈強で、肘掛けもついている。背もたれも十分な大きさのある物で、リクライニングも可能。そのまま寝ても体への負荷は最小限だ。この椅子は彼自作の物である。 入り口のすぐ左手にある、彼の親友により半ば強制的に設置された冷蔵庫には、ペットボトルと固形食が詰められていた。  彼が現在向き合っているパスワード要求画面は、もう何時間付き合っているかわからない。うっすらとクマが浮かぶ目は、くすんだ藁色の重そうな睫毛に覆われている。 「……堅すぎ。意味分かんない」  呟かれる声には生気が感じられない。読み取れる感情はささやかな苛立ちのみ。その間にも彼の指は休むことなくマウスやキーボードを動かし続けている。その様子は今後五日間何も変わることはなかった。  五日後訪れる変化。それは小さなものだった。しかし確かにあったのだ。  幾重にも張り巡らされた鎖の奥の宝物の気配。  彼の目が見開かれる。漸く希望の光が見えた瞬間だった。この瞬間があるからやめられない。  乾いた唇が笑みの形を象る。 「やっと見つけた……」  エンターキーを押すと確かに今までと違う感覚。押し寄せる波のように興奮が高まる。この箱の中には、何が入っているのか。  彼、メルヴィン・ダウランドが唯一で笑い声を上げる瞬間だった。
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