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「はあ? それであんたが引き下がったの? 何やってるのさっ」
日帰り温泉施設の露天風呂に浸かりながら私の話を聞いた絵美が、頓狂な声を出す。
「絵美ちゃん、しーっ」
外には私たちしかいないとはいえ、響き渡る声に詩織が顔をしかめて指を口に当てる。
絵美は素直に口に手を当てこくこく頷いた。
「だってさあ」
顎まで湯船に浸かって私はもごもご言い訳をする。
「そんな戦って勝ち取るほどの相手でもなかったしねー」
「言っちゃったよ」
「好きじゃなかったってことだねぇ」
のんびりずばっと言う詩織に、私は口を尖らせる。
「そんことない。好きだったよー」
「はいはい言うこと聞いてくれて、ラクだったんだよね」
「ぐ……っ」
なにさ、年下男の利点はそこに尽きるでしょうが。
「にしてもちょっとは言い返せばいいのに。そのナマイキ女に」
もどかしげに頭の上のタオルを締め上げる絵美に、私はもう一度苦笑する。
「カン違いをお説教してあげるほど、私は優しくないよ」
あのままカン違いで突き進んで思いきりけつまずけばいいのだ。世の中も男女関係も、あの子たちが思ってるほど甘くはない。
「紗紀ちゃんはー、めんどくさがりだからね」
その通り。私はめんどくさいのはキライだ。男のことで戦うなんて、いちばんメンドクサイ。だったらどうぞどうぞと譲って歩く。
「戦う価値のあるオトコなんか、そうそういないよ」
「その通り」
「至言ですなー」
女三人でまったり湯船に浸かるこのときも、私にとっては極楽だ。
「あんたがフリーになったんならさ。合コンしようぜ、合コン」
「そうだねえ」
「よっしゃ、舞に連絡! ハイスペック男子を紹介してもらおう」
舞というのはうちらの同級生。某テレビ局勤務であらゆるコネを持つハイパー女子だ。
「舞ちゃんは駄目だよ。婚約したから合コン女王は返上だって」
「あの女は自分が幸せならそれでいいのかっ」
「それより静香ちゃんが仕事辞めるんだって」
「N大の実験助手だっけ? 給料良いって羽振り良かったじゃん」
「その分たいへんだったんじゃないかな。なんかね、退職の前に同僚男子をばら撒いてくれるって」
「そのハナシ乗った!」
「絵美ちゃん。しーっ」
ふたりの会話を聞きながら私はうとうとと眠たくなってくる。
うん。幸せだよね、こういうのがさ。
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