第1話 年下の男

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「はあ? それであんたが引き下がったの? 何やってるのさっ」  日帰り温泉施設の露天風呂に浸かりながら私の話を聞いた絵美が、頓狂な声を出す。 「絵美ちゃん、しーっ」  外には私たちしかいないとはいえ、響き渡る声に詩織が顔をしかめて指を口に当てる。  絵美は素直に口に手を当てこくこく頷いた。 「だってさあ」  顎まで湯船に浸かって私はもごもご言い訳をする。 「そんな戦って勝ち取るほどの相手でもなかったしねー」 「言っちゃったよ」 「好きじゃなかったってことだねぇ」  のんびりずばっと言う詩織に、私は口を尖らせる。 「そんことない。好きだったよー」 「はいはい言うこと聞いてくれて、ラクだったんだよね」 「ぐ……っ」  なにさ、年下男の利点はそこに尽きるでしょうが。 「にしてもちょっとは言い返せばいいのに。そのナマイキ女に」  もどかしげに頭の上のタオルを締め上げる絵美に、私はもう一度苦笑する。 「カン違いをお説教してあげるほど、私は優しくないよ」  あのままカン違いで突き進んで思いきりけつまずけばいいのだ。世の中も男女関係も、あの子たちが思ってるほど甘くはない。 「紗紀ちゃんはー、めんどくさがりだからね」  その通り。私はめんどくさいのはキライだ。男のことで戦うなんて、いちばんメンドクサイ。だったらどうぞどうぞと譲って歩く。 「戦う価値のあるオトコなんか、そうそういないよ」 「その通り」 「至言ですなー」  女三人でまったり湯船に浸かるこのときも、私にとっては極楽だ。 「あんたがフリーになったんならさ。合コンしようぜ、合コン」 「そうだねえ」 「よっしゃ、舞に連絡! ハイスペック男子を紹介してもらおう」  舞というのはうちらの同級生。某テレビ局勤務であらゆるコネを持つハイパー女子だ。 「舞ちゃんは駄目だよ。婚約したから合コン女王は返上だって」 「あの女は自分が幸せならそれでいいのかっ」 「それより静香ちゃんが仕事辞めるんだって」 「N大の実験助手だっけ? 給料良いって羽振り良かったじゃん」 「その分たいへんだったんじゃないかな。なんかね、退職の前に同僚男子をばら撒いてくれるって」 「そのハナシ乗った!」 「絵美ちゃん。しーっ」  ふたりの会話を聞きながら私はうとうとと眠たくなってくる。  うん。幸せだよね、こういうのがさ。
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