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27
気が付いたら、豪奢なベッドの上にいた。エリファレットは瞬き、ゆっくりと周囲を見渡した。
何がどうなっているのか、記憶がひどく曖昧だった。だが意識が覚醒するにつれ、記憶も確かなものとなってくる。
そうだ。ラウとアルベルティーナの仲に、エリファレットの中の氷雪の魔物が反応したのだ。体が引き裂かれそうに痛んで、内側から忌まわしき化け物がよじ登ってくる気配を確かに感じていた。
エリファレットが今こうしてここにいるということは、氷雪の魔物は現れなかったのだろうか。
考えて、エリファレットは首を振る。
あれは確かにエリファレットの内から出た。では何故エリファレットは生きているのか。
「エリファレット」
混乱するエリファレットに、その声は穏やかに届いた。
エリファレットははっとして声がした方へ首を巡らせ、翆玉の瞳を大きくさせた。
「ラ、ウ……」
目にみるみる涙を浮かべ、もう二度と会えないと思った男の名前を呼ぶ。
ラウは穏やかに笑いながら、エリファレットのそばに腰を下ろした。
エリファレットは真っ白なシーツを両手で握りしめて、俯いて唇を噛む。ハラハラと落ちる涙が、陽だまりの匂いがするシーツにシミを作る。
「ごめっ……な、……さい……!」
どうして助かったのかわからない。だがエリファレットが氷雪の魔物を生み出そうとしたのは確かだ。それが恐ろしくて、おぞましくて、ラウに殺してもらおうと思っていたのに。
今さら隠すものもないエリファレットが嘆きながら吐露すると、ラウが軽く息をついた。
溜め息にも聞こえたそれに、エリファレットの背がビクリと震えた。
ラウの両手が俯くエリファレットの頬を包み込み、翠玉を覗き込む。
「エリファ。エリファレット、覚えてないのか? お前は俺に殺されることより、俺と生きることを選んだんだ」
今更覆せると思うなよ、と水底を湛えたような青色が優しくエリファレットを脅す。
エリファレットは大きく目を見開き、ラウの丁寧で繊細に作り込まれた顔を凝視する。
遠い記憶の底に、エリファレットを呼ぶラウの声が残っている。絶望に呑まれそうになる時、エリファレットを呼んだ声だ。エリファレットに希望を抱かせた言葉だ。
「お前の中に、もう氷雪の魔物はいない」
この先、エリファレットがどれだけ絶望したとしても、氷雪の魔物は生まれない。あのおぞましき化け物が、エリファレットを蝕むことは二度とない。
ラウがエリファレットの零れ落ちる涙を拭いながら、額を擦り合わせる。
「だから安心して俺のそばにいろ」
「……っ……ぃて、も、いい、んですか……? ぼくは、……ラウといっしょに、いてもいいんですか?」
しゃくり上げながら尋ねると、ラウは見たことないような顔で笑ってエリファレットを抱きしめた。
「あぁ。エリファレット、これからは俺と一緒に生きてくれ」
エリファレットはしゃくり上げたまま、答える代わりにラウの体を抱き返した。
「……ぜんぶっ、僕の、です……!」
欲しかった。何が欲しかったのか理解しないままに、ただ欲しがっていた。それを今、エリファレットは理解した。そうして、手に入れた。
万感の想いで声を絞り出すと、ラウが喉の奥で笑うのが体に響いた。
「っち、がい、ますか……?」
的外れな勘違いだったのかと、エリファレットがビクリとしてラウの顔を伺う。
「いや……違わない。お前のものだよ、エリファレット」
体も命も、心も。ラウの全てがエリファレットのものだ。
蕩けるような声が耳元で告げて、エリファレットは一気に体温を跳ね上げる。
「ラウ……」
請うように呼ぶと、意図を理解したラウの笑った唇が降りてくる。
「ふっ……んっ……ぁ……んぁ……」
誘って開いた口から、すぐに舌が入り込んで絡めとられる。舌先を柔く食まれて吸われ、甘く腰が震える。へたりと耳が垂れ、銀色の毛束がシーツの上をゆったりと揺れる。
気持ちがいい。
「……もう……何も、考えられなくなりそうです……」
睫毛で触れてキスを繰り返し、甘えるように鼻を擦り合わせる。
吐息にラウが喉の奥で笑って、エリファレットの快感を追う垂れた耳を揉み込む。
「今俺のこと以外に、何か考えることがあるのか?」
低い囁きに、蕩けた頭が思考する。
ほろりと、翠玉から涙が溢れ出る。
「……っな、い、です……」
憂うものなど、何もなかった。跡形もなく、消え失せた。エリファレットが怯え震えた氷雪の魔物は、内から消えた。ラウが、殺してくれた。約束通りに。
「ラウ……ありがとうっ、ございます……! 大好きです」
涙が止まらないまま、震える唇でなんとか言葉を絞り出す。
ラウが破顔して、泣きじゃくるエリファレットを抱き寄せた。
「ようやく落ちてきたな、お前」
待ってた、と笑うラウに、エリファレットは万感の想いで口付けた。
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