<2・失敗>

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 ***  昔から父は、教育面以外で本当に自分に甘い。なんせ、年老いた父と母の間にやっと産まれた一人娘であるからだ。  かつてこの国は、家督を次ぐのは貴族の家の長男だけと決められていた。家督争いのせいで、あらぬ血が流されることを避けるための法律であったという。  ところが、自分が名誉を受けられると生まれついて知っている人間は堕落しやすい。逆に、自分は生まれついて家を背負う必要がないし期待されていないと思っている人間もだ。結果、それぞれの家を、浪費家のボンクラ息子が受け継ぐことになり、名家は栄えるどころか破産や衰退を招く結果になったのだそうだ。もっと言えば、長男より次男の方が極端に優秀であった場合、こっそり長男を病気ということにして幽閉したり、殺してしまうなんて事例も少なくなかったのだという。  同時に。家によっては、男児が一人も生まれないなんてケースもある。  医療が発展し、本人達になんの咎がなくても、病などのせいで子宝に恵まれない夫婦がいることがわかってきた。女児しかいない家に、よそから血の繋がらない男児の養子を連れてくるなどあまりにも理不尽な話であろう。血を大切にする貴族の家としては、屈辱以外の何物でもない。次第に、長男でなくても、次男や娘に家督を継がせることもありなのではないかという風潮が広がり――正式に議会で“家督継承特別法”が撤廃されたのはおよそ百年ほど前のことであるようだ。  今でも、家督は長男に、という風潮が残っている家もある。  しかしその一方で、権利の上では女にも家督継承の権利が与えられるようになり、つまり一人娘のイリーナも当然爵位を受け継ぐことができる存在ということになるのだ。歴史あるマルティウス家の後継者である。両親は長年の不妊治療の末やっと産まれた娘を溺愛すると同時に、伯爵家の跡取りとして厳しい教育を施してきたのであった。 ――そんな、次期当主のあたくしの意見ですもの!父上もそうそう無視なんかできるはずないのよ!  そう、頼み込めば、メイドの面接試験に同席するくらい許してもらえる。イリーナの見立ては正しかったと言っていい。問題はそこから先である。  面接を行う部屋にやってきて、思い出した。そう、三年過ぎてイリーナはすっかり忘れていたのだ。そういえば元々、メイドの試験に関して自分は口を出していたのだ、ということを。同時に、なんで自分がアガサ以外のメイドの殆どを落としてくれと父に頼んでいたのかということを。
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