白猫の伝説

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白猫の伝説

 部長の稗田は、部室として使用している資料室の本棚から古めの本を取り出してきた。 「これは坂下町に古くから伝わる伝説をまとめたものです。時代とともに少しずつ話が変わってしまっているので鈴木くんが知らないのも無理はありません。飛島くんが知っていたのにはまた別の意味があるのですがーー。」  部長から「坂下町の伝説集」という本を受け取って、白猫にまつわる話を読みはじめた。        *****  むかし、坂下村にお(そめ)という女がいた。  ある日どこからともなく坂下村にあらわれた旅人とお染は恋仲になり、旅人は1人住まいだったお染の家で共に暮らすようになった。旅人の名前は蓮行(れんぎょう)といった。  蓮行が坂下村に来て1年が経つ頃、お染にこう告げた。 「明日、夜空の大鳥(はくちょう座)が真上に来たら空に帰らなければならない。お許しがでたら戻ってくるから少しの間待ってておくれ。」お染は泣いて引きとめたが蓮行は約束だからと言って聞かない。  あくる日の夜、蓮行は村近くの浮島から高く舞い上がり、夜空の大鳥へと帰っていってしまった。  蓮行が空に帰ったのち、お染は蓮行との子を身籠(みごも)もったが、悲しんで悲しんで子が流れてしまった。蓮行は待っても待っても戻らない。  村の年頃の男と女は、それぞれみんな結ばれて赤ん坊が次々と産まれた。  お染は蓮行を待ちに待って、赤ん坊が生まれた村人を(ねた)んでいるうちに鬼となり、村に(たた)りをもたらすようになった。  鬼になったお染は、村の生まれたばかりの赤ん坊を次々とさらってどこかに隠してしまった。悲しみに暮れた村は畑も荒れ果て、人々は家に(こも)り村からは物音ひとつしなくなった。  村からいなくなった赤ん坊は、枯れて使われなくなった井戸に隠されていた。お染めは失った子の身代わりに、赤ん坊をこっそりと隠し鬼の乳を飲ませ育てていた。  ある日何人もいた赤ん坊が井戸からすっかり消えてしまった。  お染の悪行(あくぎょう)により天に穴が開き、井戸を通って赤ん坊は天の神様のもとへと送られてしまった。  神様はお怒りになりお染にこう言った。 「蓮行と離れて1000日待てば地上で2人で暮らせたものを、待てないばかりか恨みで天に穴を開け、怒りも悲しみも天によこした。お前は獣となりこの世に1000人子が生まれる手助けをせよ。手助けにより子が1000人生まれたら井戸から天に登ることを許そう。」 ーーこうしてお染は白い猫となった。村人はお染がもう恨みから祟ることがないようにと井戸を固く閉め、井戸のそばに(ほこら)を立てて手厚く(まつ)ったので、それ以来白い猫は村の守り神となり、村には活気が戻り人も増え繁栄した。  このときから(ほこら)のある土地を大鳥(おおとり)と呼び、蓮行が空に帰った山を飛島(とびしま)と呼ぶようになったのだそうだ。
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