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いい機会じゃないか。
近くにあるようで掴めない。玲人と同じだ。
まるで代償のように、奏大は音を頼りに足早に歩き出した。友情でない感情、その思いに気づいたのはいつだっただろうか。頼もしくて人気者で、でもなぜか取柄のない自分といてくれる。そんな彼に本当の想いを告げようとするたび、説明が面倒だからと言葉を飲み込んだ。本当は日常が壊れるのが、怖かっただけなのだ。
億劫がって行動しない。そんな自分を変えることができたら、この思いを断ち切ることができるだろうか。そんな気持ちで、夢の屋台を追いかける。
不思議なもので、チャルメラは遠ざかったり近づいたりと、なかなか音源が特定できない。
そうして歩き回っている間にも、澄んだ醤油スープやツヤのある細い縮れ麺、ピンクの渦を巻くナルトにトロリと煮えた卵が頭をちらつく。
スープはあっさりながらもコクのある醤油味で。チャーシューは少し歯ごたえのある脂分の少ない肉が良い。
勝手に理想の屋台ラーメン像を作りあげつつ、とにかく無心でチャルメラを追いかけた。しかし、いつの間にか音は遠ざかり、再び夜の静けさが押し寄せてきた。
少々がっかりしながら再び真っ直ぐに歩き出す。
結局自分はこんなものだ。行動したところで理想を掴めずに終わる。玲人にだって告白しなくて正解だった。
がっかりする一方で、なんだかワクワクしていた。
これからどんな旅が自分を待ち受けているのか。学生時代から延々と続いてきた、机に縛り付けられる退屈な暮らしから解放された先、そこには何があるのか。きっと、想像もできない喜びと安らぎがあるに違いない。そんな根拠のない期待が膨らんでいく。
とはいえ、不安で押し潰されそうなのも事実だ。
世間知らずで真面目しか取り柄が無いのに、急にレールから外れて一体何ができるのか。すぐに後悔するのが目に見えるようだった。
一度まともな道から外れたら、再び定職を探そうにも、きっと碌な仕事に就けないだろう。下手をすれば一生アルバイトの極貧生活だ。そんなネガティブな想像が重くのしかかる。
今からでも引き返そうか。
朝一で出勤して辞表を回収してしまえば、何食わぬ顔をして職場に戻ることができる。玲人ともこれまで通り、素知らぬ顔で友達でいられる。
そうするのが正しいのではないか。そんな迷いが後ろ髪を引く。
それでも奏大は歩き続けた。迷いや不安の一切を振り切るように、ただ、暗い道を前へ前へと進んだ。
どのくらい歩いただろう。段々と足が痛くなってきた。正直なところ、足を動かすのに精いっぱいで、何かを考える余裕もない。座り込みたい。そんな誘惑に駆られるのを押えて、歩き続ける。
なぜそうしているのかは自分にも分からなかった。
普段の自分なら、早々に馬鹿馬鹿しいと切り捨てて駅に引き返しただろう。そういう淡白なところが、自分にはある。だから性格は真逆でありながら、合理主義の玲人とは馬が合ったのだろう。
いま歩いているのは意地だった。
日常に逆戻りしたくないという決意と、失恋から少しでも遠ざかりたいという半ば自棄な思い。
身を切るような夜風が心地よく、でも足は鉛のように重い。
痛みは熱さえ伴っている。その痛みが、愚かな恋心を抱いた自分にはぴったりだと思えた。
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